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後頭部に乗せられただけの隆哉の手は暖かくて、でもなんだか落ち着かない。
謝られても、かえってどんな表情をすればいいのか困ってしまう。
「あーうん。」
一体何を肯定したのかよく分からないけど私が俯いたままそう言うと、頭に乗せられた隆哉の手に力がこもった。
っていうか。
「……あのー、結構、イタイんですけど。」
ぐうっと頭を押されてピーナツバターたっぷり塗ったパンが顔にくっつく所だった。すんでの所で避けて横目で隆哉をにらむと、隆哉はふっと息を吐き出してからにやりと笑った。
「やっぱ、こういうのがいいや。」
「え?」
聞き返すと、更に笑みを深くする。
「こういう距離感。昨日から頑張ってみたけど、コレくらいがいい、今は。」
今は、を思い切り強調してそう言うなり、頭に乗せた手を一度離して私の手首を掴むと、もう一方の手で私が掴んでいたトーストをむしりとった。
「返してよ、もう一枚焼いてあるからそっち食べればいいでしょ。」
私のパン!!半分しかまだ食べてないのに。
「いいじゃん。なんか塗るの面倒くさいし。」
そんな理由かよ!
私は勢い良く立ち上がると、パンを掴む隆哉の手首を両手で捕まえた。
「わ、ちょっと……圧し掛かるなって……。」
良く考えてみたら、どう考えたって。
「返して、ね。」
にっこり笑って低い声でそう言って、そのまま隆哉の手からパンを口に含む。
私がむしゃむしゃ食べている間、隆哉はおとなしくしていた。
そう。いくら昨日から立場逆転を狙っていようと、私が姉であることに変わりは無い。
今まで積み上げられてきた関係は、そう簡単に揺らがせられないんだからね。
最後の一口を口にしたときに私の歯に指が触れて、隆哉が身じろぎしたのを感じた。
痛かったかな。
口の中のパンを噛みながら、しばし隆哉と見つめあう。
隆哉の手、パン持ってた形のままだなぁ。
あ、指にピーナツクリーム付いてる。さすがに舐めるのはマズいだろうけど、勿体無い。
もぐもぐもぐもぐ。
「……くそー。」
先に視線を外したのは隆哉だった。
うなりながら、顔を伏せる。
「天然で、コレかよ。」
何か言ってるけど気にとめず、私は空になったパン皿を流しへと持っていった。けっこうのんびり食べていたから、そろそろ学校へいく準備をしないと。
食卓を見ると、机に上体を伏せたまま顔だけを上げた隆哉と目が合う。
私が食べ物奪ったみたいになってるけど、奪い返しただけだからね。
「食べたいなら自分で塗って食べなよね。」
「別に腹減ってるわけじゃねーし。」
「テスト中お腹鳴ると、恥ずかしいよ。」
しぶしぶといった様子でパンを掴んだ隆哉を目の端に入れて、私は二階の自分の部屋に戻った。
見てろ、とかそういったようなことを隆哉が言った気がしたけど、聞こえない振りをして。