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あれ。
壁際に追い詰められた私の顔の両脇には弟の腕が伸ばされていて、完全に捕獲されてる状態ってヤツだろうか。
「た、たかや君?」
焦りを隠しきれない声で弟の名前を呼ぶ。媚を含んでいることは否めない。
からかいが過ぎたことは自覚している。これまでに何度も「やめろ」って言われていたし。
しゅる、と左頬を下から撫でられ、私は思わず首をすくめて目をつぶった。
「あぁ、そうか」
予想より落ち着いた声が耳元でして、私は目を開き彼を見上げると、彼は今まで見たことがない攻撃的な笑顔を見せた。
……かなり、怖いんですけど。餌を捕獲した肉食獣は獲物に止めを刺す際、きっとこんな表情をみせるんじゃなかろうか。
「我慢なんかしないで、さっさとこうすれば良かった」
低い声でそう言い、鋭い目線を私に向ける。視線だけで殺されそうだよ、元々私は小心者なのだ。
「我慢、してたんだ……」
私のこと、それ程にイヤだったんだ。
頭半分背の高い彼の目を見上げる。
「相当、ね」
あっさり肯定されて、なんだかショックで俯いてしまう。
私が弟に行き過ぎるほど絡んでたのは愛情表現のつもりだったんだけど……。
唾を飲み込む音も響き渡るような一瞬の静寂。
弟、隆哉の強いまなざしは私を突き刺すようだった。
威圧感がすごい。
「……そんなに……」
語尾が涙声になるのを止められない。
「え…っと?」
涙、止まれ。
隆哉もびびってるでしょ、情けない。
「そんなに嫌われてるなんて、思わなかった……。」
大粒の涙が瞳から溢れるのを止められない。私は片手で口元を覆い嗚咽を抑えた。
「はぁ!?」
涙に驚いた隆哉がわずかに身を引いたのに乗じて、私はその横をすり抜ける。
隆哉の部屋から廊下を挟んだ向かいが私の部屋だ。
「ちょっ、まてって、……っつ!」
隆哉に腕をつかまれそうになったけど、全力で振りほどき(なんか彼のみぞおちに肘が入った気がするけど)、私は自分の部屋に駆け込んでドアを閉めた。
震える手で鍵を閉めて、ベットにもぐりこみ布団を頭からかぶる。
ドアをガンガン叩きながら隆哉が何か言ってるけど、聞く余裕なんてない。
布団の中で小さく丸まる。
セイリ二日目でお腹痛い。
今日で中間テスト終わりで、昨日は遅くまで勉強してた。
いつもに増して情緒不安定なのは、そのせいだ。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を布団に押し付けながら、声を出さないようにして泣く。
ちょっと今は疲れてるだけ。
弟が例え私をうざったく思っていても、私は彼を好きだ。
その気持ちは揺らがない。
だって家族なんだから。