私のことをブスと言い続けていた幼馴染の令息は、私がプロポーズされた途端狼狽えました
「何だお前、すっげぇブスだな」
「――!」
忘れもしない、あれは私が7歳の時。
貴族の幼い子どもだけを集めた社交場である、『クスノキ会』に私が初めて参加した日のこと。
私と同い年くらいの男の子から、開口一番浴びせられた心無い一言に、私は心臓をナイフで突き刺されたような感覚に陥った――。
生まれてこの方、ここまで酷い悪口を直接言われたことはなかったので、まだ未成熟だった私の心は、乱暴に床に叩きつけられた陶器のコップみたいに、粉々に砕け散った。
「う、うぅ……、うわあああああああああん」
堪えきれず私は、大声でワンワンと泣いた。
「何だよ、泣くことはねーじゃねーか。弱虫だな、お前」
「……っ!」
咄嗟にもうこの場にはいられないと本能で察した私は、男の子に背を向け逃げ出した。
「オ、オイ!? どこ行くんだよ!?」
後ろから男の子の叫び声が響いていたが、無視した。
「うぅ……うええええええん」
そして会場から出た私は、クスノキ会の名前の由来にもなっている、裏庭にある大きなクスノキの下でしくしく泣いた。
どれだけ涙を拭っても、次から次に涙が溢れ、止まることはなかった。
「これ使って」
「――!」
その時だった。
不意に私の目の前に、一枚のハンカチが差し出された。
慌てて顔を上げると、そこには私と同い年くらいの、まるで天使みたいに可愛い女の子が立っていた。
サラサラの長い金色の髪に太陽の光が反射して、そのあまりの美しさに、暫し私は見蕩れた――。
「あ、ありがとう……」
おずおずとハンカチを受け取り、それで涙を拭く。
だが、いつの間にか涙は止まっていた。
「何があったの?」
女の子が私の隣に座り、そう訊いてくれる。
「あ、あのね……、さっき会ったばかりの男の子に、『すっげぇブスだな』って言われちゃったの……」
思い出した途端、また目元にじわりと涙が浮かんできた。
「えー!? それはその男の子、見る目ないね! 君はこんなに可愛いのに!」
「――!」
女の子に大声で褒められ、顔がポッと熱くなった。
「この黒髪もツヤツヤで綺麗だし、羨ましいな!」
「き、綺麗……?」
地味な黒髪はコンプレックスだったので、そう言ってもらえたことで、目の前がパァッと明るくなった気がした。
「あ、ありがとう……」
「えへへ! どういたしまして。ねえ君、名前は? 僕はレイ」
「わ、私は、コートニー」
「そっか。ねえコートニー、よかったら僕と、友達になってくれないかな?」
「……!」
友達……。
その甘美な響きに、私の胸は躍った。
「う、うん! なりたい! 私、レイとお友達になりたい!」
「わあい! やったあ! じゃあさ、コートニーは何が好き?」
「え、えっと……、私は、猫ちゃんが好き……」
「ああ! 可愛いよね猫ちゃん! 僕も大好きだよ。あの、気まぐれなところが逆に堪らないよね」
「そうなの! 私の家で飼ってる猫ちゃんもね、普段は素っ気ないのに、私が寝る時は、いつもそっとベッドに入って来るのよ」
「わあ! いいなあ!」
こうして私とレイは、お互いの好きなものの話で大層盛り上がった。
気が付けばいつの間にか、クスノキ会の終わりの時間になっていた。
楽しい時はあっという間に過ぎてしまうのだという感覚を、この時初めて知った。
「あー、楽しかった! ねえコートニー、また来月のクスノキ会でも、ここで会えるかな?」
「う、うん! 私もレイに会いたい!」
「ハハ、じゃあ約束だね」
「うん、約束」
指切りをして、この日私はレイと別れた――。
そして訪れた、翌月のクスノキ会当日。
「よおブス。お前リスター伯爵家の、コートニーっていうんだろ?」
「――!」
先月私のことをブスと言ってきた男の子が、私の顔を見るなり、またブスと言ってきた。
既に一度言われていることなのに、まったく心に抗体は出来ておらず、私の胸はズキンと痛んだ。
「俺はビーモント伯爵家のランドルフ。同じ伯爵家の子ども同士、しょうがねえから一緒に遊んでやるよ」
何よこの上からの物言いは……。
二度もブスと言ってきた相手と、一緒に遊ぶわけないじゃない。
何より私にはもう、レイがいる――。
「結構よ。私は大事な用事があるので、失礼するわね」
「なっ!? オ、オイ!?」
慌てるランドルフを無視して、私はまた裏庭へと向かった――。
「レイ!」
「やあ、コートニー! 今日も可愛いね!」
裏庭のクスノキの下に行くと、そこにはレイが待っていてくれた。
「ありがとう。レイも今日も綺麗よ」
「えへへ! ありがとう。今日は何して遊ぼうか?」
「えっと、それなんだけどね……。私、こんなもの持ってきたの……」
私はおずおずと、二体のお人形を取り出した。
「わあ、可愛い! コートニーと僕みたいだ!」
私と同じ感想をレイが持っていてくれて、思わず口角が上がる。
昨日玩具箱からこの金髪と黒髪の人形を見付けて、レイと私みたいだなと思ったから、どうしてもレイに見せたかったのだ。
「きょ、今日はこれで、お人形遊びしない?」
「わあ! いいね!」
「本当に? じゃあこっちのお人形を、レイに貸してあげるわね」
「ありがとう!」
金髪のほうのお人形を、レイに差し出す。
「じゃあいくね。『こんにちは。僕の名前はレイ。君の名前は何?』」
レイがお人形を動かしながら、私のお人形に話し掛ける。
アハハ!
「『私はコートニー。お友達になりましょう』」
「『もちろん! 一緒にお菓子を食べようよ』」
「『うん! 食べる食べる!』」
こうしてこの日も私は、レイとかけがえのない時間を過ごしたのだった――。
そしてそんなことが一年ほど続いた、ある日のこと――。
「あー、楽しかったー」
今日もクスノキ会でレイといつもの場所で、いつもの時間を過ごした私。
相変わらずランドルフは私の顔を見るたびブスと言ってくるものの、最近はレイがいることもあり、以前ほどは胸が痛まなくなっていた。
「……」
「? レイ、どうかしたの? 今日はずっと元気なかったわよね?」
「――! ハハ、コートニーにはお見通しか。……実は僕、祖国に帰らなくちゃいけなくなったんだ」
「っ!?」
そんな――!
実はレイはこの国の人間ではなく、他国からの留学生であるという話は、前に聞いていた。
なので、いつかはこうしてお別れの時がくるのだという覚悟はしていたものの、いざその時がきてしまうと、私の胸はかつてないほどに張り裂けそうになった。
「イヤ! 私はイヤよ! レイともう会えないなんて!」
「――! コートニー……」
私は大粒の涙を零しながら、レイに縋る。
「せっかくお友達になったのに……」
「……うん。僕もコートニーに会えないのはとっても寂しい。――だから僕は、いつかきっと君を迎えに来るよ」
「――!」
私の両肩に手を置きながら、宝石みたいに綺麗な蒼い瞳で私を見つめるレイ。
この瞬間、私の胸がトクンと高鳴った――。
「どうかそれまで、待っててくれるかな?」
「……うん。わかったわ、レイ。約束よ」
「ああ、約束だ」
私とレイは、指切りをした。
「……ねえ、レイ、これ、レイにあげる」
「――!」
いつもお人形遊びで使っている、金髪のほうの人形をレイに差し出す。
「いいの? これ、コートニーの大事な宝物でしょ?」
「うん、だからレイに持っていてほしいの」
私たちの、友情の証として――。
「……ありがとう。絶対大事にするね」
レイは私のお人形を、そっと抱きしめた。
――こうして私に初めて出来た親友は、祖国へと帰って行ったのだった。
そして月日は流れ、私は18歳になった。
「よおコートニー。お前は相変わらずブスだな。お前に着られてる、そのドレスが気の毒だぜ」
「……」
今日は大陸一の大国である、ニャッポリート帝国の第三皇子殿下が我が国を訪問されるということで、国中の貴族が一堂に会し、歓迎祝賀会が開かれていた。
当然この場には私とランドルフも出席していたわけだけれど、今日も私の顔を見るなり、ランドルフはいつもの悪態をついてきた。
18歳にもなって未だにこんな子どもみたいなムーブをしているランドルフに、私は一周回って最早哀れみすら覚えていた。
「……チッ、無視すんなよ。……な、なあ、コートニー、そういやお前、未だに婚約者はいねぇんだよな?」
「……だったら何よ」
痛いところを突かれ、胃がズグンと重くなった。
同年代の令嬢たちは、ほとんどが既に婚約者がいるか、中にはもう結婚して母親になっている者までいる。
だというのに、私には未だに一枚の釣書すら届く様子がない。
……やはり私みたいな、地味で可愛げのない女は、誰も求めていないのだろう。
このまま婚約者が見付からなかったら、いっそ家を出て修道院にでも行くしかないかもしれないと、最近は思うようになってきた。
……ああ、今頃レイはどうしてるのかなぁ。
レイとはあの日別れて以来、一度も会えていないけれど、天使のように美しいレイのことだ、きっと今頃イケメンの婚約者から溺愛されていることだろう。
「ふ、ふうん、そうなのか。……じゃあさ、しょうがねえから、特別に俺がお前を――」
「みなさんどうかご静粛に! ニャッポリート帝国第三皇子殿下、レイ・ギャヴィストン殿下のご入場です!」
その時だった。
ランドルフが何か言いかけたのを遮るように、司会が大声を上げた。
おっと、遂に第三皇子殿下のお出ましね。
それにしても、第三皇子殿下のお名前もレイだったのね。
確かにレイって、男性にも使える名前だものね。
「わあ! 綺麗……!」
「嗚呼、まるで天使様が降臨したみたい……!」
「――!!」
皇族特有の、眩いオーラを醸し出しながら入場されて来たレイ殿下を見て、会場が色めき立った。
さもありなん。
レイ殿下のご尊顔は、それこそ天使という形容が相応しいほど、お美しかったのだ。
サラサラの長い金色の髪が煌めいており、暫し私は見蕩れた――。
――だが同時に、私の背中を冷たいものが走った。
レイ殿下のお顔が、私の親友であるレイに、あまりにも瓜二つだったからだ。
名前も同じだし、まさか――!?
「あっ! コートニー!」
「「「っ!?」」」
なっ!?
レイ殿下が私と目が合うなり、大声で私の名を呼んだ。
あ、あぁ……。
「ごめんねこんなに待たせて。――でも約束通り、迎えに来たよ」
「――!?」
私の目の前まで来られたレイ殿下は、あの日私がレイに渡した、金髪の人形を持っていた――。
噓……。
まさかレイが……レイ殿下だったなんて……!!
……でも、今思えば私は一度も、レイに性別を訊いたことはなかった。
てっきり女の子だと思っていたから……。
「この10年、ずっと君とまた会えることだけを心の支えに生きてきた。――絶対に君を他の誰にも渡したくはなかったから、いろいろ裏工作をして、君の婚約を邪魔したりもしたっけ」
「えっ……!?」
レイ殿下……???
今、何と???
「でも、やっと準備ができたんだ。これで僕は、堂々と君にプロポーズできる」
「――!!」
レ、レイ殿下……。
「愛しているよ、コートニー。どうか僕と、結婚してくれないかな?」
「あ、あの……、その……」
あまりの情報過多に、私の脳が今にも破裂しそうだ――!
思わず助けを求めて後方にいる両親の顔を窺うと、お父様もお母様も、笑顔でうんうんと頷かれた。
つまりこうなることは、お二人も事前に知っていたのですね!?
じゃあ私にも、言っておいてくださいよぉ……!!
――クッ。
「つ、謹んで、お受けいたします……」
私はレイ殿下に向き合い、何とかそう答えた。
きっと今の私は、耳まで真っ赤になっていることだろう……。
「わあ! やったあ! ……一生大切にするからね、コートニー」
「レイ殿下……」
レイ殿下に蕩けるような笑顔でそう言われ、私の心臓は危うく止まりかけた。
こ、これから私、死ぬまでこの笑顔を見続けなければいけないの……?
……果たして私、寿命まで生きられるかしら?
「そ、そんな――!!」
「っ!?」
その時だった。
後方から空気を切り裂くような悲痛な声が響いたので振り返ると、ランドルフが真っ青な顔をしながら、頭を搔きむしっていた。
ランドルフ……!?
「な、なんで……!! なんでこんなことに……!! う、うわああああああああああああああ」
「???」
ランドルフは半狂乱になりながら、逃げるように会場から出て行った。
急にどうしたのかしら、ランドルフ……?
「フフ、自業自得だね」
「え?」
勝ち誇ったようなお顔で、ランドルフの背中を見つめるレイ殿下。
「レイ殿下……?」
「いや、何でもないよ。――でも、こうなった以上、もう二度と僕以外の男には見向きもさせないから、覚悟しておいてね、コートニー?」
「……!」
妖しくも美しい蒼い瞳で見つめられながらそう言われ、嗚呼、私はもう逃げられないのだなと、この時悟ったのだった――。
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