第23話 壊れた歯車、新しい設計図
壊れた歯車を外して、新しい設計図を引く。それが、わたしの三つ目の仕事だった。
一つ目は不正の解明。二つ目はベアーテとの面会。そして三つ目が、この国の業務を立て直すこと。
事務局の会議室に、各部署の担当者を集めた。
初めてのことだ。これまで、部署を横断する会議はレンツ局長の権限でしか開けなかった。
「本日は、業務改善計画の説明にお集まりいただきました」
十五人ほどの顔が、わたしを見ている。
半分は好奇心、半分は警戒心だ。
「まず現状の確認です。レンツ局長の不在により、事務局の業務は混乱しています。しかし混乱の本質は、局長がいないことではありません」
「では何が問題なの」
外交課長の声だ。四十代の貴族出身の男。わたしとは折り合いが良くない。
「問題は、わたしひとりに業務が集中していた構造です。ひとりが休めば全体が止まる——そんな組織は、歯車がひとつしかない機械と同じです」
「だからどうしろと」
「各部署が自分の業務を自分で完結させる。当たり前のことですが、この十年間、それが行われていなかった」
「それはあんたが全部引き受けていたからだろう」
「ええ。だからわたしは、もう引き受けません」
会議室が静まった。
「その代わり、引き継ぎ資料と手順書を整備します。モニカさんと一緒に、各部署の業務棚卸しを進めています」
モニカが立ち上がった。
「各課にヒアリングさせていただきます。業務内容、担当者、所要時間を整理して、適切な人員配置を提案します」
「小娘に何がわかる」
外交課長が鼻を鳴らした。
「わかります。わたしはイルメラさんの引き継ぎ資料を読んで、三日で業務を覚えました。つまり、きちんとした資料があれば誰でもできるということです」
外交課長が口を閉じた。
事実には勝てない。
会議は一時間で終わった。
定時内に収まる会議。これも改革の一環だ。
「イルメラさん。外交課長、最後は渋々ながら頷いてましたね」
モニカが廊下で声をかけてきた。
「あの人は頑固だけど、事実に基づいた議論には弱いのよ。感情で反対しても、データで返されると黙るしかない」
「データって、イルメラさんの記憶ですよね」
「記憶もデータのひとつよ。——でも、記憶だけでは不十分。だからあなたに各課のヒアリングをお願いしているの」
「はい! 来週までに全課の報告をまとめます」
「無理しなくていいわよ。定時で終わる範囲で」
「大丈夫です。効率よくやります。イルメラさんに教わった方法で」
モニカが走っていった。
この子の背中を見ていると、かつてのわたし自身を思い出す。
でもあの頃のわたしと違って、モニカにはちゃんと教えてくれる先輩がいる。それだけで、未来は全然違うはずだ。
「業務改善計画、順調ですね」
ノルベルトが壁にもたれて立っていた。
いつからそこにいたのだろう。
「盗み聞きは相変わらずですか」
「監査業務です」
「都合のいい監査ですね」
「ところで、ベアーテ氏との面会の準備は」
「明日の午前に手配しました」
「緊張していますか」
「……少しだけ」
「少しだけ、ですか。あなたが十年間の残業にも、婚約破棄にも、停職処分にも動じなかった人が」
「それとこれとは違います。仕事の問題は、論理で対処できる。でも自分の過去は——論理では割り切れない」
「そうですね」
ノルベルトが壁から離れて、一歩近づいた。
「だから、わたしが隣にいます。論理で割り切れない部分は、わたしが支えます」
「……それは業務ですか」
「業務外です」
「珍しいですね。あなたが業務外のことを言うのは」
「たまには、言います」
その声の温度に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
午後五時。定時退勤。
門を出ると、秋の風が冷たくなっていた。
季節が変わっている。
わたしが定時退勤を始めた日は、まだ夏の終わりだった。あれからもう、随分経った。
明日の面会に備えて、今夜は早く寝よう。
——そう思ったのに、結局、深夜まで天井を見つめていた。
◇
会議のあと、ノルベルトが待っていた。
「ベアーテ氏との面会、手配しました。明日の午前です」
「ありがとうございます」
「それと——業務改善計画の会議、立ち聞きしていました」
「盗み聞きですか」
「監査官の業務です」
「都合のいい業務ですね」
ノルベルトが、微かに笑った。
「モニカさんが頼もしい。いい後継者を育てましたね」
「後継者なんて大げさですよ。わたしはまだ現役です」
「ええ。でも、あなたがいなくても回る組織を作ろうとしている。それは——この宮廷で誰もやらなかったことです」
「ゲオルク爺さんは三十年間、ひとりで保管室を守った。アーデルハイトさんは十五年間、ひとりで薬務室を支えた。わたしは十年間、ひとりで事務局を回した。みんな、ひとりで頑張りすぎた」
「だから壊れた」
「ええ。もう壊さない。壊れない仕組みを作る」
ノルベルトが静かに頷いた。
「その仕組みの中に、監査局も入れてもらえますか。不正を未然に防ぐ定期監査の制度を提案したい」
「喜んで。——定時内で収まる監査ですよね?」
「当然です」
——ベアーテとの面会が近づいている。その前に、もうひとつ確認すべきことがある。




