第22話 レンツ局長の告白」
レンツ局長の尋問は、監査局の地下取調室で行われた。
窓のない部屋。石壁に反響する靴音。机を挟んで、わたしとノルベルトが向かい合う。
扉が開き、二人の警備兵に挟まれてレンツ局長が入ってきた。
久しぶりに見るその顔は、痩せていた。
禿げ上がった頭に浮かぶ汗。だが、目だけは妙に生き生きとしている。
「やあ、イルメラ君。来てくれたか」
「局長。いえ——元局長ですね」
「手厳しいな。十年間、一緒に働いた仲じゃないか」
「一緒に働いたのではなく、わたしの仕事を奪っていただけです」
レンツが笑った。
不快な笑みだ。しかし、かつてのような卑屈さはない。追い詰められた男特有の、開き直った強さがある。
「ノルベルト監査官。尋問を始めてよろしいですか」
「どうぞ」
ノルベルトが記録用の紙を広げた。
「レンツ元局長。あなたは侍従長および財務長官の署名を偽造し、公金を横領した容疑がかけられています。事実関係を確認します」
「署名の偽造は認める。七十通、だったかな。イルメラ君が数えたんだろう?」
「正確です。では、偽造の指示者は」
「侍従長だ。あの男がすべてを仕組んだ。わたしは道具に過ぎない」
「侍従長は、あなたが独断で偽造したと主張しています」
「嘘つきだな、あの男は。わたしが独断でやる理由がどこにある? 横領した金は、すべてアンブロス公爵家に流れている。わたしの手元には一銭も残っていない」
「では、なぜ従ったのですか」
「脅されたからだ。——イルメラ君と同じだよ」
わたしの名前を出された。
心臓が一拍跳ねたが、表情には出さなかった。
「わたしと同じ?」
「平民出身の人間が、貴族に逆らえば職を失う。君が十年間、わたしの下で黙って働き続けたのと同じ理由だ。わたしも侍従長に逆らえなかった」
「あなたはわたしの仕事を奪い、ゲオルク爺さんを殺し、アーデルハイトさんに毒を盛り、監査局長を殺した。それを『同じ』とは言わせません」
「毒の件は、わたしの指示ではない」
「では誰の」
「侍従長だ。あの男は、不正に気づいた人間を消すことに躊躇いがなかった」
ノルベルトが記録を取る手を止めた。
「ゲオルク・シュタイナー氏の死についても、侍従長の指示だと?」
「そうだ。シュタイナーが保管室で証拠を見つけたとき、侍従長はわたしに『始末しろ』と言った。わたしは断った。だが侍従長は、別のルートで手を打った」
「別のルート」
「厨房に送り込んだ人間だよ。あの男は——わたしが手配したのではない。侍従長が直接手配した」
これは——ハンナの証言と矛盾する。
ハンナは「レンツ局長に指示された」と証言していた。
「ハンナ・メッシュナーの証言では、臨時職員の手配はあなたの指示だとされています」
「ハンナ君にはそう言った。だが実際の指示は侍従長から来ている。わたしは中継点に過ぎない」
嘘か本当か、判断がつかない。
レンツ局長は老獪な男だ。自分の罪を軽くするために、すべてを侍従長に押しつけようとしている可能性がある。
「もう一つ確認します。ゲオルク・シュタイナー氏に毒を盛ったのは、誰の指示ですか」
「侍従長だ。何度も言っている」
「では、アーデルハイト薬務官に対しては」
「同じだ。侍従長が——」
「監査局長は」
「侍従長が——」
「三件とも侍従長。あなたは一切関与していない、と」
「……わたしは中継点だ。指示を伝えただけで——」
「中継点は、指示を止めることもできたはずです」
レンツの顔が引きつった。
痛いところを突かれた顔だ。
「止められなかった。侍従長に逆らえば——」
「平民のあなたも排除される。わたしたちと同じ構造ですね」
「……そうだ」
「では聞きます。あなたは十年間、わたしの仕事を横取りしていた。あれも侍従長の指示ですか」
レンツが口を閉じた。
今度は長い沈黙だ。
「……あれは、わたしの判断だ」
「正直ですね」
「横取りと言うな。お前の有能さを利用しただけだ。お前が優秀すぎるから——」
「優秀すぎるから、わたしの名前を消して自分の手柄にした?」
「……ああ」
「その正直さを、もっと早く使ってほしかったですね」
「最後に一つ。護送中にあなたが言った言葉について」
「出自の件か」
「ええ。わたしの本当の名前を、あなたは知っているのですか」
「知っている。ベアーテから聞いた」
「いつ」
「十五年前だ。お前が宮廷に来た年だよ。ベアーテがわたしのところに来て、『この子を頼む。手荒に扱うな』と言った」
「あなたは——わたしの正体を知った上で、わたしを使い潰していたんですか」
レンツが初めて、目を逸らした。
「……最初は気にかけていたんだ。本当に。だが、お前があまりに有能で——利用する方が得だと、いつの間にか」
「人の善意が、いつの間にか搾取に変わる。この宮廷の病そのものですね」
「耳が痛いな」
「痛くて結構です」
ノルベルトが記録を閉じた。
「本日の尋問はここまでとします。次回はベアーテ氏の証言と照合したうえで、改めて」
「待ってくれ。一つだけ——」
レンツがわたしを見た。
老いた目に、かすかな光がある。
「お前は——立派になったな。十年前、宮廷に来たばかりの小娘が」
「お褒めにあずかり光栄です。——定時なので失礼します」
取調室を出た。
レンツの最後の言葉が、妙に胸に残った。
◇
取調室を出たあと、廊下でノルベルトと立ち止まった。
「レンツ局長の証言、どこまで信用できますか」
「侍従長への責任転嫁は割り引いて考える必要があります。しかし、あなたの出自に関する発言は——無視できません」
「ベアーテさんに会わなければ」
「ええ。ただし、ベアーテ氏が本当のことを話すかどうかは——」
「話させます。彼女は『あなたに嘘をついたことは謝る』と言った。本心で謝った人間なら、最後の嘘くらい明かしてくれるはずです」
ノルベルトが、わたしの目をじっと見た。
「イルメラさん。あなたの出自が何であっても——あなたはあなたです。それだけは、忘れないでください」
不意に、目の奥が熱くなった。
泣きたいわけではない。ただ——この人の言葉が、いつもちょうどいい場所に届く。
「ありがとうございます。……定時までに、ベアーテさんとの面会を手配してもらえますか」
「もちろんです」
——ベアーテが持つ「最後の秘密」。それが開かれたとき、わたしの人生は根底から書き換えられることになる。




