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白銀は孤独をお望み  作者:
プロローグ
9/10

魔力発現


 時が流れるのは早いもので、ヴィオラは本日で9歳となる。

来年からは学園に通うことになるから、と今年のヴィオラの誕生日パーティーは騎士団支部の人々も呼んで盛大に行われた。

騎士たちはヴィオラをもみくちゃにしながら「お嬢、誕生日おめでとう!」との柄の部分に紫の宝石が埋め込まれ、美しい彫刻が掘られたヴィオラ専用の剣をプレゼントしてくれた。

支部長には剣をたずさえるための剣帯をプレゼントされ「立派な剣士になって下さい」と頭をなでてくれた。


 たくさんの人に祝福され幸せだなと思っていると、ズキッと心臓のあたりが痛んだ。

嫌な痛みに冷や汗をかくも、疲れているのだろうとあまり気にはならなかった。

騎士たちが楽しそうに飲んだくれているのを眺めて、たまには騒がしいのもいいな、なんて考えていると横から「ヴィオラ」と声をかけられた。


「お父様、お母様」


優しい声の持ち主は最愛の両親だ。


「ヴィオラ、改めてお誕生日おめでとう」

「こんなに大きくなって、パパもママもとってもうれしいわ」

「こちらこそ、ここまで育ててくれてありがとう。私が今好きなことをしていられるのも、二人がたくさんのものを私にくれたからだよ」


感謝の言葉とともに自然に笑顔があふれる。

娘の言葉に感極まったのか、普段めったに笑わないヴィオラの心からの笑顔に安心したのかは分からないが、両親はおいおいと泣き出してしまった。


しょうがないな、と駆け寄ろうとしたその時。


___ドクン


心臓が大きな音を立てたと思った次の瞬間、こらえきれないほどの苦痛がヴィオラの体を襲った。


「っ!!」


声もなくその場にうずくまると、周囲がにわかに騒がしくなるのが分かった。

両親が駆け寄ってきたのが気配で分かる。

「大丈夫だよ」と言いたいのに、体中を支配する激痛に声が出ない。


「医者を呼んで来い!」


グラディウスの切羽詰まった声が聞こえる。

せっかくのパーティーなのにと、申し訳なさから涙がこぼれ落ちた。

うまく痛みをごまかそうと深呼吸を試みるが、痛さのあまり深く息を吸うことが出来ない。

それどころか内側からどんどん膨れ上がるような痛みに呼吸もままならなくなる。

まるで水中でおぼれているかのように苦しい。


 ぎゅっと閉じていた目を開けると、涙でぼやける視界になにかがちらついた。

半透明のそれは霧のようにあたりにまんべんなく広がっており、水面のようにゆらゆら揺れている。

ところどころ星が瞬くように光っているのは、酸欠状態の脳が見せる幻覚だろうか。


(そんなことより、この痛みをどうにかしないと!)


心臓の鼓動にそって、ドクン、ドクンと脈打つ痛みは、指の先からつま先まで全身をめぐっている。

もはや自分が呼吸をしているかもわからない。

目を開けば異質な光景。

時間と共に増していく痛みと苦しさにヴィオラは叫んだ。


(私の中から出てって!!)


刹那。

バシャん、と音を鳴らしながらヴィオラを中心に大量の水が外側へと流れ出た。

水はしばらくの間流れ、次第にその勢いをなくし止まった。


何が起こったのか分からないまま、ヴィオラは水流の中心でぽかんとする。

いつの間にか苦しさも痛みも消え去っている。

自分は濡れていないのに、あたりは水浸し。

そばにいた両親は全身ずぶぬれだ。

何がなんだか分からない状況に困惑していると、突然歓声が上がった。


『うおおおおお!』


歓声をあげているのは騎士たちだった。みんな何やら喜んでいる。

余計に状況が分からなくなり、困ったように両親の方を見遣ると、二人はびしょ濡れのままヴィオラを抱きしめた。


「え?二人とも?どうしたの?」


ヴィオラの混乱もよそに、おめでとう、とつぶやいている二人にどうしたものかと困惑していると、そばまでやってきた支部長が膝をつきながら微笑んだ。


「ヴィオラ様、魔力の発現おめでとうございます」

「え、」


まりょく、とヴィオラは口の中で繰り返す。

魔力とはあの、魔力だろうか。

しかし、


「魔力って遺伝で決まるんですよね?お父様もお母様も魔力は持っていないはずですが...」

「そうですね、基本的には遺伝です。ですが稀に今まで魔力を持たなかった家系に突然魔力持ちの子供が生まれることもあるみたいですから、なんら不思議なことではありません」

「ということは、私は魔術が使えるのでしょうか」

「はい、お嬢様も訓練を積めば魔術を行使することができるのです」


まじまじと自分の手のひらを見つめる。

では先ほど流れ出た水は自身の魔力によって生み出したのだろうか。

もう一度水を出そうと念じてみるが何も起こらない。

きっと先ほどの放水は誤作動のようなもので、実際に魔力を行使するには何かしら正確な段階を踏まなければならないのだろう。

ヴィオラは今まで魔術に関する勉強をしてこなかったので、魔術について何も知らないのだ。

正直期待はしていたが、それでも心のどこかであきらめていたのでずっと勉強を後回しにしてきた。

まさかそんな自分に魔力が発現するとは。

未知の力に心を躍らせながらも、どこか大きな不安もあった。

しかし、手に入れたからにはこの力ともうまくやっていくほかない。

そのためにはまず魔術に関する知識を手に入れなければ。

 そういえば、と先ほどの自分を思い返してみる。

朦朧とした意識の中、ヴィオラの視界には霧のような何かがひろがっていた。

しかし、あたりを見渡してもそのようなものは存在していない。

これも魔力発現の影響だろうか、それとも、酸欠の脳が見た幻覚か。


(そこらへんも調べてみればわかるかも)


次に王立図書館へ行ったら魔術の本を読みまくろうと決意をしながら、己にくっついて離れない泣き虫たちをどうにかするべく、両親に声をかけるのであった。




***




 翌日、魔力発現の影響か分からないがヴィオラは高熱にうなされた。

図書館で魔術について調べる気満々であったヴィオラは最初無理やりにでも王都へ向かおうとしたが、この世の終わりのような顔をしている両親を見て大人しく療養することにした。


 二日後、すっかり体調も元通りになったヴィオラはワクワクしながら王都へと向かった。

図書館についてからはいつものように使用人を置いてけぼりにして本棚の合間をずんずんと歩いていき、途中にある館内案内図で魔術に関する本棚を確認するとわき目もふらず一目散に目的地に向かっていく。

目当ての本棚から分かりやすそうな魔術基礎学の本を数冊手に取ると、いつもの閲覧室に向かう。

そこにウィズの姿はなかったが、彼もいつもいるわけではないのでそうたいして気にせずに、ヴィオラは持ってきた本を開いた。



 魔術基礎学の本には未知の世界が広がっていた。

まずどの本も最初に書かれていたのは、力を私利私欲のために使わないこと、資格を持たないものの公共の場での魔術の使用は法律違反であるということだ。

その他にも魔術に関する法律はあるようだが、詳しくは専門書を見ないと分からなさそうなのでいったん置いておく。

もちろんヴィオラは自分の力を使って国家転覆などもくろんでいないし、そんな力も持ち合わせていないのでここら辺は問題ないだろう。

ここに書かれている資格というのはどうやら魔術師資格のようで、こちらは宮廷魔術師団のもとで研修を行わないと得ることが出来ないようだ。

また、魔力を持つものは学園高等部で魔術科に進学することが義務付けられているらしい。

資格も義務も魔術を好き勝手行使されないようにするための抑止力ということだろう。


 次に書かれていたのは魔力属性。

属性は火、水、風、地の四つの基本属性があり、基本的にはこの四つのうちのいずれか一つ、多くて二つの属性が生まれつき決まっているらしい。

昨日水を発生させたことから、ヴィオラの魔力属性はおそらく水だろう。

どうやら魔力属性を測る器具があるらしいが、そう言ったものは専門機関にしか設置してないみたいなので、測定の時をおとなしく待つことにした。

 また、基本属性のほかに特殊属性として光、闇が存在するが、こちらは前例がほとんどなく研究が進んで無いようでほとんど資料がないらしい。


(ヒロインがいたら光属性とか持ってるんだろうな)


余計なことが頭に浮かんでは集中集中と頭を振る。

閉館までに少しでも多くの知識を詰め込まないと、と邪念を振り払ってもう一度本に向き合ったヴィオラの耳に少し高めの少年の声が届いた。


「魔術基礎学?そんなの読むなんて珍しいな」

「...ウィズ」


よう、といいながら当たり前のようにヴィオラの隣に座った少年は、興味深そうに手元の本を覗き込んだ。


「魔術本読むってことはお前魔力発現したのか?」

「ううん、普通に気になったから読んでみただけ」

「なぁんだ、見せてもらおうと思ったのに」

「...ってことはウィズも魔力は発現してないの?」

「まあな」

「ふーん」


ウィズは魔術の話題に飽きたのか、自分が持ってきた本を読み始めてしまった。

別にヴィオラは彼に魔力の事を隠したいわけではなかった。

ただなんとなく、今は言わない方がいいかなと感じただけである。

そこにこれといった理由はない。


(それよりも、魔術のこともっとちゃんと知らないと)


ヴィオラはぱらぱら本をめくりながら内容を頭に入れていく。

その中でも気になったのが、オドとマナについての記述だった。

 オドとは人間の体内に存在する魔力、それに対してマナはこの世界の空気中に存在する魔力とされているそうだ。

人間の行使する魔術は基本的にオドを使用するが、ごくまれに空気中のマナを感じ取り、それを体内に吸収することで自身の魔力として使用できる人間がいるという。

それとは別にオドやマナといった魔力を視認できる特別な目を持つものも存在するらしい。

こちらはそこそこ多く存在し、魔術科の教師を務める者はこのほとんどがこの特別な目を持っているそうだ。

 ヴィオラが気になったのはその視認方法だった。

その特別な目を持つものには、魔力がまるで霧のように見えるという。

それはまるで、先日ヴィオラが見た光景と同じ様だった。

もしかしたら自分は魔力が視認できるのかもしれない。しかし確証もない。

どうやったら確証を得られるかもわからないことに時間を割くのはもったいない。

だから魔力視認については念頭に置きつつ、まずは魔術の基礎を磨くことが先決だろう。


 一通り本を読み終えたヴィオラはふぅ、と小さく息をつく。

基礎学には魔術を行使するための基礎訓練や魔術の基本的な使い方も載っていたが、これをすべて一回で頭に叩き込むにはヴィオラの脳のスペックは足りなかった。


(本屋によって基礎魔術学の本を買っていくか)


そうと決まれば今日は早めに帰らなければ。

ウィズとはあまり話せなかったがしょうがない、また今度来た時にゆっくり語り合うとしよう。


「ごめんウィズ、私今日用事があるからもう帰るね」

「はやいな、ま、用事があるならしょうがねぇか」

「うん、じゃあまた」


ひらりと手を振ってその場を後にしようとするヴィオラの背中に「おい!」と声が投げかけられた。


「どうしたの」


振り向くと、顔を少し赤くしたウィズが何やらもじもじしている。

少し待っても何も言いださないので頭をかしげると、ウィズが「ん」とぶっきらぼうに言いながら、右手を前に差し出した。

思わず手を出すと、ヴィオラの手のひらにはきれいなしおりが乗っていた。

シルバーの金属プレートには美しい花が刻印されており、プレートの端からぶら下がる紐の先端にはひし形にカットされた紫色の宝石がついている。

どこからどう見ても質の良いそれは、きっと高価なものだろう。


「え?」

「...それ、やる」

「...なんで?」

「なんでもいいだろ!」


恥ずかしそうに顔をそむけるウィズがおかしくて、ヴィオラは小さく笑った。


「ありがとう。大切にする」

「大切にするな、いっぱい使え」

「うん、わかった」


ヴィオラはしおりをぎゅっと握ると「じゃあね」と今度こそウィズに背を向けて歩き出した。

小さくなっていくその背中をウィズは切なげに見つめる。

名残惜しそうに手を伸ばすも、中途半端に持ち上げられた手はそこにある空気をつかんだだけだった。

人に聞こえるか聞こえないか分からないほどの小さな声で彼は別れを告げる。


「...じゃあな」


それ以降、王立図書館でウィズと出会うことはなかった。


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