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白銀は孤独をお望み  作者:
プロローグ
7/11

0-7 騎士団視察


「ヴィオラ馬車酔いはしてないかい?」

「うん大丈夫だよ、お父様」


 今日のヴィオラは父のアルジェントと共に領地にある街を訪れていた。

といっても遊びに来たわけではない。

アルジェントは視察の仕事で街に来ていて、無理を言ってそれに同行させてもらったのだ。

なぜ父の仕事についてきたのか、その理由は視察場所にある。

彼が今日視察をするのは騎士団のヴェールウィリデ支部。

この領地を守ってくれている騎士団の本拠地だ。


「ほら、見えてきたよ。あそこが騎士団支部だ」


賑やかな街の奥に石造りのひときわ大きな建物が見えてきた。

馬車はその入り口でいったん停止し御者と門番がやり取りをしている。

確認が取れたのか重厚そうな木の扉が開き、馬車は再び動き出した。

窓に張り付いて見てみると、広い庭のような場所で男たちが剣を片手に稽古をしている。

その様子を目を輝かせて見ていると父が「後でゆっくり見学させてもらおうね」と、ヴィオラの頭を優しくなでた。


 馬車から降りて案内されたのは騎士団支部内部にある支部長室。

案内をしてくれた騎士が扉をノックすると、中から低い声が返事をした。

扉を開くと椅子に座っていた40代前半の男が立ち上がり、胸に手を当て軽く頭を下げる。


「アルジェント様、ヴィオラ様、ようこそいらっしゃいました」

「そう固くならないでくれ、グラディウス。いつものように接してくれ」

「そう言われてもな、アルジェント。支部長の私がこんなでは団員に示しがつかない」

「いいじゃないか、私はとっつきにくい領主よりも親しみやすい領主でいたいんだよ」

「だからといって威厳がないのはどうなんだ」


あきれたようにため息をついた男性はヴィオラの前までやってくると、膝をついて目線を合わせた。


「初めましてヴィオラ様、私は騎士団ヴェールウィリデ支部長グラディウス・ベークでございます。以後お見知りおきを」

「初めまして、ヴィオラ・シルヴァです。本日は視察への同行の許可を頂きありがとうございます、グラディウス様」


シルヴァがお辞儀と共に感謝を述べればグラディウスは「はっはっはっ」と優雅に笑った。


「幼いのにしっかりしているな」

「本当に、我が娘ながら鼻が高いよ」


挨拶も程々に父とグラディウスは支部長室のソファに座った。

ヴィオラがどうすればいいか迷っていると父が優しく微笑みかける。


「パパは大事な話をするから、ヴィオラは見学を騎士団のさせてもらいなさい」

「わたくしが案内致します」


近くにいた騎士が申し出てくれたのでありがたくついていくことにした。



 

 案内してくれたのは馬車で通ってきた庭のような広間だった。

先ほどと変わらず男たちが剣の打ち合いをしている。

広間の隅の方では筋トレをしている男や、大きな丸太に向かって剣を振り下ろしている男の姿も見える。


「ここは騎士たちの訓練場です。皆それぞれ鍛錬を行っています」

「練習内容は決まっていないのですか?」

「見習いのうちは決められていますが、支部長は自主性を重んじていて。ある程度実力が付いたら練習内容は自身で決めるようになっています」

「なるほど...」


放任主義と言ってしまえば簡単だが、自身の課題を自分で見つけるのは大切なことだ。

弱点の発見と克服は簡単なことではない。


 話を聞きながらしばらく見学していれば、用が済んだのか父とグラディウスも広間にやってきた。


「どうです、うちの騎士たちは」

「はい、みなさま真剣に己と向き合っていて大変すばらしいと感じました」


見学の感想を言えばグラディウスと父は一瞬驚いた顔をした後、うれしそうに笑った。


「ヴィオラ様にそう言っていただけて、団員もみな喜ぶでしょう」


うんうん、とうなずく父にヴィオラは向き合う。

今日ヴィオラがここにやってきたのはただ騎士団を見学したかったからではない。

真の目的を果たすべく口を開いた。


「父上、グラディウス様、お願いがございます」

「どうしたんだい急にかしこまって」

「....私にも剣術を教えていただきたいのです」


ヴィオラの言葉にその場にいた誰もが驚いた。

それもそのはず、女性が剣を持つなど聞いたこともない。

しかもまだ7つの幼い子供が言うのだ、お嬢様の気まぐれだと思われてもしょうがないだろう。

しかし、ヴィオラは本気だった。

その思いが伝わったのか、父はグラディウスに視線を向けた後、しゃがんでヴィオラに目線を合わせた。


「本気なのかい?」

「はい」

「ヴィオラは将来騎士になりたいのかい?」

「いいえ」

「ではなぜ剣術を学ぶことを望むんだい?」

「国を守るため、騎士を目指す方々に失礼であることを承知で申します。私は自分を守る力が欲しいのです」


そう、はっきりと言葉にした。

これはヴィオラが前世の記憶を思い出した時から考えていたことだった。

前世は平和な国に生まれたが、この国がそうだとは限らない。

実際ブランシュテル王国は平和な国だが、貧富の差は激しい。

貧民街では犯罪が横行しているというし、農村や王都でだって犯罪数は少なくない。

父に頼めば貴族であるヴィオラは護衛を付けてもらえるだろう。

しかし、いざとなった時に頼れるのは自分の身だけなのだ。

この国で生きていくのに、自分を守るすべを身につけたいと考えるのは当然だった。

 己の真剣さを伝えるためにまっすぐに父の目を見つめていると、すぐ横で成り行きを見守っていたグラディウスが大声で笑いだした。


「あっはっはっはっ、とてもよくできた子だとは思っていたがここまでとは。いやはやここまで笑ったのは久しぶりだよ!」

「グラディウス、なにを」

「いいではないか、アルジェント。ここまで芯を持った人間はそうそういない、やりたいことをやらせてやるのがいいさ」

「しかしだな、急に剣術といっても」

「そこは任せてくださいお父様!私、この時のために日頃から走り込みと筋トレを行ってきたので!」


ふんす、と息を吐きながら腕まくりをし、少し筋力の付いた腕を自慢げに見せると、グラディウスはまた笑いだしてしまった。


「心配するな、君のかわいいお嬢様はお前が思っているよりずっとたくましい」

「...そのようだね。だがくれぐれも、危険なことがないように!」

「あぁそこは任せてくれ。私がしっかり監督するから心配するな」


そんなこんなで父と支部長の許可をもぎ取ったヴィオラは、この騎士団支部で基礎的なトレーニングに加え剣術及び体術を習うこととなった。




***




 視察から数日後。

ヴィオラは使用人を一人連れて再び騎士団支部を訪れていた。

今日から毎日とはいかないが、週に1、2日ほど訓練に参加させてもらう運びとなったのだ。

馬車が支部につくと、入り口まで迎えに来てくれていた支部長が中へと案内してくれる。


「全員集合!」


号令係の言葉に各々訓練していた団員たちがたちまち集まってきて、きれいな隊列を組んだ。

よく訓練されているのがわかる。

グラディウスは団員たちの前に立ち、横にいるヴィオラを紹介してくれた。


「本日から週に数回我が騎士団支部で訓練に参加されることとなったヴィオラ・シルヴァ様だ」

「ヴィオラ・シルヴァです。若輩者ではありますが、騎士の皆様に恥のないよう精一杯努力していく所存であります。また、領主の娘という立場は忘れ、対等に接して頂けると嬉しいです。よろしくお願いいたします」


そうして頭を下げると、団員たちの間にどよめきが広がるのが分かった。

それもそうだろう、争いごとを知らないお嬢様が急に訓練に参加するとなったら、不満の声が上がるのもうなずける。

実際、以前のヴィオラの我儘お嬢様具合は街や騎士団支部まで届いている。

そんな人間が剣術を習いたいなど、我儘お嬢様の気まぐれと思われてもしょうがない。

よく聞いてみれば、ヴィオラの言葉をバカにしているものもいる。

しかしそう言った反対の声も態度で示して見返せばいいのだ。


(バカにしてる奴ら、今に見てろよ)


ヴィオラは心の中で復讐の火を燃やした。


「ヴィオラ様は私が直接指導する、文句がある者は直接私にいうように」


「以上、解散!」と、グラディウスは部下にしっかりくぎを刺しながら解散を命じた。

騎士たちは困惑しながらも各々の訓練へと戻っていく。


「支部長、どうか貴方も私の事はヴィオラと」

「ですが...」

「教えを乞うのですから、私もあなたの部下の一人として平等に接して頂きたいのです」

「...わかりました。ヴィオラ嬢」


やれやれといったようにそう呼んでくれたグラディウスにヴィオラは満足気にうなずいた。



 ヴィオラの訓練は他の見習い騎士と同じ様に筋トレと走り込み、柔軟運動から始まった。

けが防止のための基礎訓練である。

ヴィオラが指定されたメニューを軽々とこなすと、支部長を含めた周りの騎士たちから驚きの声が上がっていた。

ヴィオラの現状を見て、グラディウスは早々に体術の練習もメニューに組み込んでくれた。

この世界の体術は前世の空手と柔道を組み合わせたようなものだった。

あまり経験のなかったヴィオラだが、幼い彼女の柔らかい頭は次々と新しい技術を吸収していき、その飲み込み具合に支部長も感嘆の声を上げていた。

 そうして訓練に参加し始めてから一か月が経つ頃にはヴィオラはすっかり騎士団に打ち解けており、皆ヴィオラを「お嬢」と呼んで慕ってくれた。

支部長もヴィオラの成長を認めてくれ、段々と剣術も訓練メニューに組み込まれるようになっていった。


 もちろんその間も勉学をおろそかにすることはなかった。

毎日の先生の授業はもちろん、書庫に籠っての読書も欠かさず行っている。

王立図書館へは2週間に一度ほど訪れ、ウィズに教えてもらった閲覧室をのぞけば、毎回会えるわけではないが、彼もそこで本を読んでいることがある。

彼の隣に座りお互いに意見や知識を交換しながら読書をするという日々は何物にも代えがたいほど大切なものだった。


 フリージアとの交流も続いており、彼女や彼女の取り巻きという名のお友達の家に招待されてお茶会に参加することもあった。

ヴィオラとしてはその時間も訓練や勉強に使いたかったし、女子同士の対人関係はめんどくさいと身をもって知っているので、前世のように一人で静かに過ごしたいというのが本当の望みではあるものの、本心をウィズにぼやいたところ、


『お前もどこかの令嬢ならそれくらい完璧にこなして見せろよ。社交界の中で得られる情報も貴重な知識の一つなんだぞ。それに、貴族とのつながりはそれだけで有利なものもあるんだ』


という正論をぶつけられてからは、以前よりは前向きにお茶会に参加している。


(ああいうってことは、やっぱりウィズもどこかのご令息なんだろうなぁ)


お互い身分を隠してはいるが、貴族であることは二人とも理解しているのだ。

以前そのことでウィズをいじったこともある。


『ウィズってそんなぶっきらぼうな物言いで貴族なんて務まるの?』

『それを言うならお前もそんな無愛想で社交界でやっていけるのか?』


かなり痛いブーメランが刺さったのでヴィオラはそれ以上追及はしなかった。



 そんな毎日を送りながら月日は流れ、ヴィオラは8歳の誕生日を迎えた。

毎年恒例の盛大な誕生日パーティーに若干引きつつも、今年も無事年を重ねられたことに安心しながら両親に日々の感謝を伝えた。

両親はそれはもう、脱水症が心配になるレベルで泣いていた。


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