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白銀は孤独をお望み  作者:
プロローグ
6/11

0-6 新しいお友達

 突然の友達宣言の後、フリージアはいたく上機嫌でヴィオラの手をとると、お茶会の会場へと連れ戻した。

その後のヴィオラといえば他のご令嬢の羨望のまなざしをいっしんに受けながらフリージアと二人で話に花を咲かせていた。

彼女の父は外交官で諸外国の内情に詳しいようであり、フリージアはとても楽しそうに外国の文化やこの国との違いについて語ってくれた。

ヴィオラも紅茶や最近流行しているオシャレなドレスについての話よりも、この世界の知識を増やせることがうれしくてつい聞き入ってしまった。


 太陽が西に傾き始めたころ、お茶会はお開きとなった。

途中からフリージアとしか話していなかったため友好関係は広がらなかったが、根暗なヴィオラとしてはその方がありがたい。

ヴィオラも馬車に乗り帰ろうとしていると、他のご令嬢に挨拶をしていたフリージアが駆け足でやってきた。


「ヴィオラ!」

「アポフィライト様、本日はありがとうございました」

「もうヴィオラったら、友達なんだからそんな他人行儀な呼び方をしないで。わたくしのことはフリージアと」

「わ、分かりました。フリージア様」


ヴィオラが彼女の名前を呼ぶと、フリージアは満足そうに微笑んだ後ヴィオラに顔を寄せて小声で言った。


「あなたはとても賢そうだもの、私の役に立つためにせいぜい勉強なさい」


その一言にはとてつもない威圧感が込められており、ヴィオラの体はすっかり固まってしまった。

離れていくフリージアの顔を横目で見るとバラ園で見せたような悪い笑みが浮かべられている。

しかし、それも一瞬のことで再びヴィオラの前に向き直るころにはいつもの穏やかな微笑みに戻っていた。


「また近いうちにいらしてくださいね、ヴィオラ!」


何もなかったように可憐に笑う彼女に若干の恐怖を覚えつつヴィオラはぎこちない笑みを浮かべる。


「ええ、またお会いできる日を楽しみにしています」


そうして前世を思い出したヴィオラにとっての初めてのお茶会は、なんとも厄介なお友達の獲得を成果として幕を閉じた。




 その日を境にヴィオラはたびたびアポフィライト家にお呼ばれするようになった。

以前のように数人でお茶会が開かれることもあれば、二人で本を読みながらお話をすることもある。

驚いたことに、フリージアはヴィオラの前だけでは彼女の本性であろう不遜な態度を隠そうとしない。

最初の頃はヴィオラもお嬢様らしく振舞っていたのだが「あなたの微笑みとても不自然でしてよ」とフリージアに指摘されてから、人前で猫を被るのをやめた。

その結果ヴィオラの態度は前世の無愛想さが前面に出てしまい、もともと急なキャラ変で引かれていたのも相まって誰も近づかなくなってしまったが、フリージアはそのことを面白おかしそうに笑っていた。


 ところでヴィオラの他にも二人ほど『フリージアのお友達』がいる。

どちらも近隣の子爵家のご令嬢でお茶会ではフリージアに気に入られようと躍起になっていた方々だ。

こっそりフリージアが教えてくれた通りであるならば、二人はフリージアの引き立て役なのだそう。

それならば私は何なのかと聞けば、


「あなたは他人に同調なんてできないでしょう?なにかあった時のための予防線よ」


と答えられ複雑な気持ちになったのを覚えている。




***




 月日は流れヴィオラは7歳の誕生日を迎えた。

それはもう盛大に祝ってもらったのだが、その中でもヴィオラが一等喜んだプレゼントがあった。

それは王都の図書館へ行くことの許可だ。

今まではどれだけ行きたいと願ってもまだ幼くて危ないからだめだと断られていたのだが、7歳となった今でも毎日の勉強を欠かさず行っているヴィオラへのご褒美として、使用人と一緒に行くという条件付きで王都へ向かうことが許可されたのだった。

ヴィオラはそれはもう子供らしく飛び跳ねながら喜んだ。


 翌日の朝、早速使用人に頼んで王立図書館に連れて行ってもらうことになった。

ヴィオラの願い通り用意してくれたいつものドレスより目立たない藤色のワンピースを身にまとい、ヴィオラは足早に馬車に乗り込む。


「お父様、お母様!いってまいります!!」

「ああ、気を付けて行ってくるんだよ」


わざわざお見送りをしてくれている両親に手を振ると、馬の鳴き声と共に馬車が動き始めた。

シルヴァ家の敷地を出るころには、ヴィオラの胸はまだ見ぬ王都と王立図書館で出会えるであろう無数の知識への期待でいっぱいだった。



「到着いたしました。こちらが王立図書館でございます」


使用人にエスコートしてもらいながら馬車を降りると、目の前にはまるでお城のような建物がそびえたっていた。

その大きさに少々気後れしていると、一緒についてきてくれた使用人が中へと案内してくれる。


「うわぁ...!」


中にはいるとその光景に思わず声が漏れてしまった。

見渡す限りの本、本、本。

あふれんばかりの知識の集合体に自然と足が進む。

遠くでお待ちください、という使用人の声はヴィオラの耳には届かなかった。


(こっちのエリアは医学、こっちのエリアは生物学。わぁ、魔術学のエリアもあるんだ!)


館内に設けられた案内図をにらみながらどのエリアの本から読もうかと悩んでいると、隣から声をかけられた。


「おい、邪魔だ」


突然投げかけられたぶっきらぼうなその物言いに驚きながら声のした方を向くと、それはもう整った顔の少年が不機嫌そうにこちらを見ていた。

きれいに切りそろえられた少し癖のある薄い水色の髪は全体的に艶が良く、彼の育ちの良さがうかがえる。

藍色の瞳は切れ長で、むすっとした表情からも少し目つきが悪い印象をうけるがそれすらも彼の美貌の一部に思えるから不思議だ。

思わず見とれていると、怪訝そうに再び言葉が投げかけられる。


「おい、聞いてんのか?」

「あ、申し訳ございません」


あわててその場を退くも、水色髪の少年の目はいまだこちらを向いていた。


「昼間から図書館見物か?たいして勉強もしないくせにいいご身分だな」


はっ、と鼻で嗤う目の前の少年の言葉にヴィオラの短い怒りの導火線に火が付いた。

確かにこの国ではほとんどの女性が勉強をしない。

特に王都周辺の貴族社会では仕事をするのは男性の役目で、女性は家で優雅に暮らしながら社交界で自身の暮らしを自慢するのが普通であるので知識をつける必要がないのだ。


(だからといって初対面の人間に下に見られるのはむかつく)


ヴィオラは自身より数センチ低い背丈の少年に向き合い、まっすぐに目を見つめた。

深呼吸で自身の昂る気持ちを抑え、つとめて冷静に言葉を紡ぐ。


「そちらこそ。そんなに小さいのにその本の内容を理解できるのかしら」


わざと嫌味らしいお嬢さま言葉で問いかける。

少年が手に持っている分厚い本に視線を向けながら心底不思議そうにそう言えば、少年の頭に血が上っていくのが分かった。

彼はそのきれいな顔を真っ赤にして大声で反論をする。


「誰がちびだ!俺はもう7歳だ!これ程の歴史書簡単に理解できる!!」

「あらそうなの!なら、遷都前の王都の名は?これくらい分かって当然よね?」

「ああそんなの簡単だ。ラルヴェイユ、今のイグニエルフやカレイドクルスあたりの土地だな」

「へぇ威張るだけの知識はあるようね」

「なんだと!?それなら___」


まさに売り言葉に買い言葉、お互いの短気と自尊心が祟って嫌味のぶつけ合いはすぐさま知識のぶつけ合いへと変わっていった。

両者一歩も譲らない言葉の応酬は騒ぎを聞きつけた司書による「図書館ではお静かに!」という注意で一時停戦となる。


(しまった、ばかにされてつい頭に血が!中身18歳が7歳相手にむきになるなんて...)


周りの視線が痛い。

冷静になって考えると淑女として恥ずかしい行動をとってしまったと、ヴィオラは内心自省の念にかられる。

相手は(精神的には)年下、ここはお姉さんである自分が年上らしく振舞うべきだった、などと今更考えてもしょうがない。

とりあえず謝罪をしなければ、しかし先ほどまで言い合っていた相手になんと謝ればいいのか。

頭の中でぐるぐると思考していると、少年らしい少し高めの声がかけられた。


「おい、話したいことがあるからついてこい」

「え、あ、ちょっと」


ヴィオラの返事も聞かずにすたすたと歩いていく少年の後を慌てて追いかける。

置いてけぼりにしてきた使用人のことなどすっかり頭から抜けているヴィオラだった。




 少年はヴィオラの方など一度も振り返らず、迷いのない足取りで図書館内を足早に進んで行った。


(ここ、すごく広いのに。慣れてるのかな?)

「俺は5歳のころからこの図書館に通っている。そうでなくとも、どこに何があるかなど一度地図に目を通せば覚えられるけどな」


まるでヴィオラの思考を読んだかのようなその言葉に驚きを隠せないでいると、少年は初めてこちらを振り向き、年相応の無邪気な笑顔で言った。


「お前、分かりやすすぎ」


先ほどまでのむすっとした顔でも十分きれいだなと感じたが、笑顔の彼は誰に聞いても美しいと答えるほどの美貌をたずさえていた。


(ずっと笑っていればいいのに)


少々どぎまぎする心臓をおさえつつ再び前を向いて歩き出した彼について行くこと数分。

連れてこられたのは図書館一階の一番奥、テーブルにソファが設けられた閲覧席だった。

周りを見てもヴィオラたち二人以外に人はおらず、静かな図書館内でもとりわけ静かさが際立っている。


「ここは俺が見つけ出した穴場だ。他に人もいないから静かに読書できる」

「いいんですか。私なんかを連れてきて」

「俺がそうしたいと思ったからいいんだよ。....さっきはつっかかって悪かった」


きまりが悪そうに目をそらしながら謝罪をする少年に目を見開く。

まさか向こうから謝罪をされるとは思わなかった。


「いいえ、私の方こそむきになってしまってごめんなさい」


頭を下げながらこちらも謝罪をする。

二人の間になんとも言えない気まずい空気が広がった。

そんな空気を打破するかのように少年は咳ばらいをした。


「あー俺の名前はウィズ。お前は?」

「私はヴィオラです」

「ヴィオラ、よろしくな」


水色髪の少年__ウィズはそういいながら無表情で手を差し出した。

彼の容姿から推測するにウィズはそれなりに身分の高い家の人間のはずだ。

それを隠すということはそれなりの事情があるのだろう。

こちらも身分を隠しているのでお互い様である。

深く詮索する気にもならず、差し伸べられた手をしっかりと握り返した。


 立ち話もなんだし、ということでウィズに促されるまま二人並んで閲覧席に座る。

とても質のいいソファなのだろう、座った瞬間にふわりと腰が沈み込んだ。


「お前この図書館は初めてか?」

「はい」

「なにか読みたい文献があるなら案内するぞ。ここ、とんでもなくひろいからな」

「!それはとても助かります。ぜひお願いしたいです」


ヴィオラの言葉にうなずいたウィズは、それはもう丁寧に図書館を案内してくれた。

おかげでヴィオラは読みたい本を片っ端から見つけることが出来、閲覧席に戻るころには前が見えないほどの量になってしまっていた。

 そのあとはお互い自分の持ってきた本に夢中になった。

新しい知識に胸をときめかせ時間も忘れて読みふけっていると、突然ウィズが話しかけてきた。


「なぁきいてもいいか?」

「はい、どうしましたか?」


ウィズは気まずそうに頭をかきながら、あの、その、と言葉を選んでいるようである。


「....おまえはさ、なんで勉強してるんだ?」

「え?」

「なんていうか、ええと、ああもう!!」


考えるのがめんどくさくなったのか、ウィズはきれいに整った髪をぐしゃりとする。

もともと気を遣う様なタイプではないのだろう。

言葉にできず、うううぅと唸っている少年に久しぶりに心から笑いがこみあげてくる。

ヴィオラはクスリとかすかに笑いながら声をかけた。


「気を使わなくて大丈夫ですよ」


急に笑いだしたヴィオラを訝しみながらもウィズは言葉を続けた。


「あー女はさ、勉強しなくても将来どうにでもなるじゃん。実際お貴族様のご令嬢は毎日茶会茶会で遊んでばかり。なのにお前はかなりの知識量を持っている。しかも様々な分野の。それはほんの数日じゃ身につけられない。なんでそこまで努力するんだ?」


それはいつだったか両親に投げかけられた質問と同じだった。


「自分のためです」

「自分のため?」

「はい、この世界は私を中心に回っているわけではない。決められたルールや変えられない理の中でわたしたちは生活しています。そして何か問題が起こった時に真っ先に損をするのは情報弱者、つまり知識を持たないものです。私は自身の能力不足が原因で損をしたくない、ただそれだけです」


ヴィオラは本を見つめながらそう答えた。


「おまえ、すごい考え方するんだな」

「そうですか?」

「おう、なんか俺の知ってるお嬢様たちとは違うって感じだ」


それはそうだろう、ヴィオラは自身が周りのご令嬢たちに変わり者の冷酷令嬢と呼ばれ、避けられているのを知っている。

ついでに余談だがフリージアの腰巾着とも言われているそう。

誠に遺憾である。

だが、ヴィオラにとって他人からの評価などどうでもいいものだ。

たとえ目の前の少年に変わり者だと思われ疎まれようと、ヴィオラは変わらない。

 しかしウィズの口から発せられたのは思いもよらない言葉だった。


「かっこいいな」

「へ?」


意外な言葉に思わず口から音がこぼれ出る。


「自分をもって努力してるなんて、かっこいいに決まってるだろ...俺も見習わないとな」


そう言ったウィズは少年らしくない、自嘲めいた笑みを浮かべていた。

しかしその表情は幻だったかのようにもとの仏頂面に戻った彼は「変なこと聞いて悪かったな」と言って本の世界に戻っていってしまった。

 ヴィオラは自身に投げかけられた言葉にしばし固まっていた。

かっこいいなど、今まで誰にも言われたことなどなかった。

他人の評価を気にしてkるわけではない。

だがしかし、心のどこかで気味悪がられ疎まれることに心を痛めていたのだろうか。

彼が自身の行いを肯定してくれたことが心から嬉しかった。

少し赤くなった顔を隠すかのように、ヴィオラも少年に習って本の世界に没頭することにした。




 それからどれほどの時間が経ったのだろうか。

唐突にここへ連れてきてくれた使用人の事を思い出したヴィオラは慌てて席を立つ。


「急にどうしたんだ?」

「一緒に来てくれた人をおいてきたのを忘れてて、心配してるだろうから戻らないと」


「今日はありがとうございました」とお辞儀をし、急いでその場を離れようとするヴィオラの背に「おい」と声が投げかけられる。


「また図書館に来ることがあったら、ここに来いよ」


恥ずかしそうに顔を赤らめながら、しかししっかりとこちらの目を見てそう言ったウィズにヴィオラはしっかりと返事をした。


「はい!」


その顔にはそれはもううれしそうな微笑が浮かんでいることに本人は気づいていない。


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