0-4 この国の事
ヴィオラが書庫にこもりだして一週間、彼女は寝る間も惜しんで本を読み、本を読んでも分からないことはそばにいてくれたメイドや両親に聞くなどしてたくさんのことを学んだ。
前世では義務教育からの高校生活と、好きなだけ存分に自身が興味を持つ勉強をする時間が無かった身としては、本を読み新たな知識を得ることが楽しくてしょうがないのだ。
食事と睡眠、湯あみを除いたすべての時間を読書に費やすヴィオラを見て両親もメイドもシルヴァ家に仕える使用人すべてが、彼女の変わりように驚きを隠せずにいた。
あんなに我儘放題だったお嬢様が誰に強制されるわけでもなく自ら進んで勉学に励むようになるなど、誰が想像できようか。
一部の使用人の間では「やっと伯爵家の令嬢としての自覚が芽生えた」などといった話も上がっているようだが、両親を含めたほとんどの人間がその勉強量に心配を通り越して若干引いていたのだった。
娘が無理をしているのではないだろうかと考えたヴィオラの父親が一度本人にどうしてそれほど勉強をするのか尋ねたのだが、ヴィオラは心底不思議そうな表情で
「自分のために決まっているでしょ?」
と答えたそうだ。
さてこの一週間で様々な知識を身に着けたヴィオラだったが、やはり一番の収穫は自分の住む国についての最低限の知識を得ることが出来たことだろう。
___ブランシュテル王国。
オリジネルデ大陸の東側に位置する王国で、建国から実に500年の歴史を誇る大国だ。
恵まれた土地と比較的穏やかな気候から成る豊富な資源や、海に面していることから海陸共に貿易が盛んであることがこの国が大国といわれるまで発展し、存続している理由だろう。
近隣諸国との戦争も少なく、ここ数百年は平和が続いていることもこの国が栄えている要因の一つだ。
王都はルサヴニール。シルヴァ家が治めるヴェールウィリデ領のほぼ真北に位置しているこの都市は王都という名に恥じぬ発展ぶりだという。
ヴィオラはまだ王都に行ったことがない。
というのも、王都に行くには間にアイドーヌ領をはさむので少々時間がかかり、幼いヴィオラの体力では心配だというのが父の意見である。
またこの国は学問も盛んであり、オルデアルという学問都市が存在するらしい。
オルデアルは王都に次ぐ発展ぶりらしいが、なんとヴェールウィリデの北西に位置しており王都よりも近い距離にある。
しかもオルデアルにある図書館はこの世界のほとんどの書物がそろっているらしい。
知識欲の化け物と化しているヴィオラにとってそこは楽園のような場所だが、どうやら特別な資格がないと入れないらしい。
その代わりと教えてもらった王都に存在する王立図書館はオルデアルに次いでこの国で二番目の蔵書数を誇るというので、今度父上に頼んで連れて行ってもらおうと企てているところだ。
しかし、ヴィオラが一番興味をひかれたのはこの国の歴史でも図書館でもなかった。
(この世界には魔術が存在する...!)
魔術。
前世では存在しなかった超常。
未知の現象に興味を惹かれないわけがない。
そして何より。
(古今東西全オタクたちの憧れ!私も校長先生の話聞きながら魔術を使う妄想とかしてたなぁ)
前世の彼女は不治の病、中二病の末期患者であった。
しかしこの書庫をいくら探しても魔術に関する詳しい本は存在せず、父に確認したところヴィオラ家には魔術を使える人間がいないため魔術に関する本は少ないという。
どうやら魔力を持って生まれないと魔術を使うことはできないようで、その事実に少々、いやだいぶがっかりした。
魔力の有無はほとんど遺伝によって決まるが代々魔力を持たないシルヴァ家の娘であるヴィオラが魔力を持っている可能性は低い。
だが魔力が発現するのは8〜10歳なので、まだ6歳であるヴィオラには可能性が残されていると父は励ましてくれた。
ヴィオラとしては魔力が発現しなくとも知識の一つとして魔術の勉強はしておきたい。
知識とはどこでなんの役に立つか分からないから、詰め込めるだけ詰め込んでおけというのがヴィオラの前世からの持論だ。
(王立図書館ならきっと魔力の本もあるはず!)
ヴィオラはより一層、王都への憧れを強めるのであった。
***
前世の記憶を思い出してから数週間。
最近ではすっかり体調も良くなり、医者からもそろそろ運動をしても大丈夫だと伝えられたヴィオラは数日前から体力づくりのために毎日欠かさず筋トレとランニングをするようになった。
前世では中学生の頃から部活で弓道をたしなんでいたヴィオラは、より美しい射と的中率の向上を目指し効率的な体力や筋力のつけ方を本で学んだことがあった。
そのころの筋トレメニューを思い出しながら自身の体力・筋肉量に合わせながら少しずつ量を増やしていく予定だ。
また、毎日楽しそうに勉学に励むさまを見ていた両親がヴィオラのために家庭教師を雇ってくれた。
このところ毎日午前は先生の授業、午後は書庫にこもって読書とより充実した生活を送っている。
先生は普通の勉強だけでなく、言葉遣いやマナーなど伯爵令嬢として身に着けておくべき礼儀作法といった実践的なことも教えてくれた。
前世はごく普通の一般家庭だったので不慣れなことも多くうまくいかないこともあるが、ヴィオラはそのすべてが新鮮で楽しく感じた。
出来ないことを一つずつできるようにしていくのはとても楽しい。
幼いながらに様々な教養や令嬢としてのマナーを身に着けていくヴィオラを、両親はそれはもう自分のことのように喜び、えらいえらいとほめちぎってくれる。
自分が成長することで両親が喜んでくれることがヴィオラはそれはもう嬉しかった。
本人たちには言わないが、ヴィオラがここまで努力をするのは半分は両親に報いるためだ。
将来立派で有能なレディになり、両親にたくさん恩返しをする、それがヴィオラの将来の目標の一つである。
ではもう半分は何のために努力するのか。
それはもちろん自分のためだ。
この世界でヴィオラという人間の人生を最大限に楽しみ、長生きし、なんやかんや幸せだったと思える最期を迎える、ヴィオラのもう一つの目標であった。
転生したこの世界が、前世の創作物で見たようなゲームや物語の世界なのか、はたまたただの異世界なのかヴィオラには分からない。
今のところ自身が持つ前世の記憶の中にこのような世界は登場しなかった。
しかし、ヴィオラが知らないだけでこの世界は誰かが作った物語の世界かもしれない。
たとえそうだとしても、そうでなくても、ヴィオラは前世でできなかった分、自分の人生を精一杯生き抜きたいのだ。
幸せは自分で手に入れるもの。
だれかがもたらしてくれるのを待っていてはいつまでたっても幸せになんてなれない。
自分を満足させられるのは、いつだって自分だけなのだから。
だからこそ、そのために必要な努力は怠らない。
いつだって理想の自分のために自分を磨く。
杉本結として人生を歩んできた中で出来上がった価値観の一つだった。
だからこそ自分が少しずつ、でも着実に成長していることがヴィオラは何よりもうれしかった。
幸いと言っていいのか、ヴィオラには前世の記憶というおそらく他の者にはないアドバンテージがある。
(使えるものは最大限有効活用しないとね)
だから今日も今日とてヴィオラは自分のために努力をするのだ。




