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白銀は孤独をお望み  作者:
プロローグ
2/10

2人の記憶

 ヴィオラの言葉に慌てて水を持ってきたメイドに感謝の言葉を伝え、グラスの水で喉を癒した。メイドの目が驚愕に見開かれていることに疑問を感じつつ、冷たい水が体内に染み渡るのを感じながら一息つくと、ようやく落ち着きを取り戻したらしい両親に話しかける。


「ええと、私よく覚えてなくて、どうして2人ともそんなに泣いているの?」

「あぁ愛しいヴィオラ、もう一度その愛らしい声を聞くことができてパパは幸せだよ!」

「本当に、もうダメかと思ったんだからね!」


再度涙を流しながら答えになっていない答えをくれた父に続き、目を潤ませながらむすっと拗ねたように答える母。この人幾つだっけ、なんだその仕草と自分の両親ながら少々心配になる。

様子のおかしい実親に困惑するヴィオラを見兼ねたメイドが恐る恐る経緯を語ってくれた。


 まず、事件が起きたのは7日前の夜のことだそうだ。

就寝時間を少しすぎた頃、突然ヴィオラの私室からバタンという物音がしたという。

近くを通りかかったメイドがノックをして呼びかけるも返事がなく、不審に思いながらドアを開けるとヴィオラが窓際で倒れていたそうだ。

慌てて他のメイドを呼びつつ気を失っているヴィオラに声をかけるも全く反応が無い。脈を確認すると、少々拍は早いながらも心臓は正常に動いていることに一安心した。

騒ぎを聞きつけたこの屋敷の主人であるヴィオラの父、アルジェントは部屋に駆け込んで来るなり、汗をかき真っ青な顔で倒れている可愛い我が娘を見て卒倒しかけたらしい。

しかしそこは伯爵の意地、震える声で伝令を呼び街の医者に今すぐ来るように指令を出した。

 次にやってきたのはヴィオラの母であるアサリナだったそう。彼女はメイドによって寝台に寝かされた娘の手を握って静かに涙を流す夫を見て絶句していたという。

メイドたち曰く、あれは確実にお嬢様が亡くなられたと勘違いしていたらしい。

 しばらくすると大層慌てた様子で医者と、医者を部屋まで案内したアルジェントの執事がヴィオラに駆け寄り診察をはじめた。

しかし一日中しっかりと検査したにも関わらず、高熱ということ以外何も分からず、しかもその熱もなかなか下がらない、熱が下がっても意識が戻らないでもうダメだと全員が思ったらしい。


「なるほどね、ありがとう」


話をしてくれたメイドに感謝を述べると、またもやメイドたちの表情に驚愕の色が浮かんだ。


(何をそんなに驚いて…あーー….)


ヴィオラの疑問は自身の記憶によって解消された。

そう、彼女はかなりのわがまま令嬢だったのである。気に入らないメイドは即刻クビ、何をしてもらっても感謝のKの字もない。

勉強もせず、好きな時に寝て好きな時にお菓子を食べる。そんな自堕落でどうしようもない傲慢な令嬢であることは、しっかりと自分の記憶に記されていた。


(まぁ過ぎたことはどうしようもない。今はとりあえず現状を整理しないと)


そう、自身の中にある2人分の記憶。これらがなんであるのかしっかりと考えなければならない。


「落ち着いたら眠くなってきたの。しばらく眠ってもいい?」

「も、もちろんでございます!」

「な、何かございましたらすぐにお呼びください!」


メイドたちはあわあわしながら答えると、まだベソをかいている両親を部屋の外へと促した。どうやらちゃんと1人で静かにさせてくれるらしい。

両親は「そばにいるよ〜〜!」と叫んでいたが正直今はそれどころではない。

少々罪悪感を感じるが、メイドたちに連れて行かれる2人に控えめに手を振った。


 パタン、と小さな音を立てて扉が閉まると部屋には静寂が訪れた。

先ほどまでの賑やかさから一転少し寂しさも覚えるがまずは記憶の整理が先だ。

ふかふかのベッドから降りると、部屋に置かれている上質な木製の机に向き合った。ヴィオラの記憶を頼りに引き出しを開け、紙とペン、インクを用意する。

半分馴染み深い、半分新鮮な不思議な気持ちになりながら、ヴィオラは記憶の整理を始める。


***


 まず最初に、ヴィオラ・シルヴァの記憶。先ほども整理した通りこの体の持ち主はヴィオラだ。したがって、この世界もヴィオラの記憶にある通りの世界なのだろう。

___ヴィオラ・シルヴァ。

ブランシュテル王国ヴェールウィリデを治める伯爵家シルヴァの令嬢。今年で6歳だ。

優しい両親にひたすら甘やかされ立派な傍若無人となる。

なるほど、自分のことながらなかなか恥ずかしいと少し己を顧みる。


(でもそうなるとヴィオラ・シルヴァの記憶が正しいということ。じゃあ『杉本結』の記憶は一体なんなんだ?)


___杉本結。

日本の片田舎に住むごく普通の女の子。今年で18歳となり大学受験目前の高校3年生。

厳しくも優しい両親に愛され、少々捻くれた性格ながらも基本的には優しい立派なオタクとなる。


(うーん、どちらかというとこっちの記憶の方が馴染み深いんだよなぁ)


自身の記憶を呼び起こしても、まず初めに思い起こされるのは結の自室だった。

好きなアニメキャラのアクリルスタンドやポスターに囲まれた幸せ空間。

両親にわがままを言って買ってもらったゲーミングPC。


 しかし目の前に存在するのは結の記憶でいう中世ヨーロッパの上級貴族のお屋敷のようなお部屋。ヴィオラの記憶では間違いなくここは自分の部屋である。


(まさか夢?でもそれにしてもリアルすぎる。それにヴィオラが倒れたって話は完全に記憶に無い)


そう、少女の脳内に残る最後の光景は結の記憶であるのだ。


見慣れた通学路。青色の歩行者信号。突如鳴り響く車のクラクション。キーッという耳をつんざくようなブレーキ音。

直後襲った強い衝撃。

暗転。


結の記憶はそこで途切れている。


(あ、れ、もしかしなくても私、死んだ?)


正直そうとしか考えられなかった。この記憶が嘘では無いのなら結の命はもう無いだろう。


(でも肝心のヴィオラが倒れたって記憶が思い出せない。何か手掛かりは…)


自室を見渡すと大きな窓が目にはいった。


(あ、確か窓際で倒れてたって言ってたよね)


窓の外の景色を見れば何か思い出すかもしれない。そう考えながらヴィオラは椅子から降りて窓の外の水色の空を眺めた。


 とたんフラッシュバックする強烈な光。


(そうだ、ヴィオラは、私は、星空を見ていた)


闇夜を裂くような閃光とともに流れ込んできた記憶。


(あの時突然知らない記憶が流れ込んできた。それが杉本結の記憶だ)


あの時の言いようの無い不快感が再びヴィオラの体を襲った。

よろよろとしゃがみ込みながらも思考はかつて無いスピードで回転し続ける。


(杉本結の記憶は偽物なんかじゃない。私は確かに杉本結だった)


バラバラだったパズルのピースが少しずつはまっていく。


(でも今の私がヴィオラ・シルヴァであることも現実、そこから導き出される答えは)




(____私、転生しちゃった!?!?)


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