1-1 お誘いという名の強制連行
「エヴォリダズル学園?」
「ええ、あなたも名前ぐらいは聞いたことあるでしょう」
優雅にティーカップを傾けながらこちらに視線だけを向けて語りかけてきたのはフリージアだ。
いつものようにヴィオラはお茶会に招待され、アポフィライト邸を訪れていた。
フリージアのいうエヴォリダズル学園とは国内最高にして最大の学園の名だ。
ここブランシュテル王国では10歳から学園にて教育を受けることが出来る。
教育を受けることは義務ではない。
ただし魔力をもつものは平民・貴族関係なく16歳から魔術科のある学園で魔術に関する授業を受ける義務がある。
だがそれ以外の部分では、学園に通うことはあくまでお金に余裕のある貴族が基本的な教養を身に着けるためのものとなっており、平民にはあまりなじみがないのだ。
しかしエヴォリダズル学園は例外である。
エヴォリダズル学園は上流階級の子供たちが集う名門校であるが、学園が設ける試験に合格すれば学費は学園側が負担。
平民も貴族も家柄に関係なく、ほぼ無償で教育を受けられるのだ。
国内最大にして最高の学園は貴族も平民も平等に受け入れ、平等に扱う。そんなすばらしい場所である、というのは表向きの売り文句だ。
実際は本を買うお金も勉強をする暇もない平民の子が高い学力など持ち合わせているはずもなく、そのうえ試験が難しすぎて平民からの合格者は毎年ほとんどいない。
また、奇跡的に合格者が出たとしても、学園に深く根付いた平民差別に耐えきれず途中退学、という者がほとんどだ。
そんな学園がどうしたというのか、フリージアに問うてみると帰ってきたのは衝撃の内容だった。
「わたくし、来年の春からそこへ通いますので。あなたもついてらっしゃい」
「はい???」
フリージアは公爵家のご令嬢だ。
あの学園に通うのには十分な身分を持ち合わせている。
たしかにヴィオラの家も伯爵家なので身分はそこそこ、なかなかに高い。
申請をすれば試験もなしに通うことは許可されるだろう。
しかし国内最大にして最高の教育を受けられるかの学園は学費もばかにならないほど高い。
両親に頼めば喜んで費用を出してくれるとは思うが、なんなら学園に通うことを喜んでくれると思うが、それはそれとしてこちらがとても申し訳ない。
ヴィオラとしてはこのまま毎日の先生の授業と己の力のみで勉学に励む予定だったので、フリージアのお誘いは寝耳に水であった。
「急に言われましても...」
「あら、身分だったら伯爵令嬢であるあなたは十分でなくって?」
「身分は良くても学費が...」
「もし足りないのならわたくしの家が援助しますわ。まぁあなたならそんなことしなくても試験を受ければ無償になるのでしょうけれども」
ここまでこればヴィオラでもわかる。
これはお誘いなんてかわいいものではない。決定事項なのだ。
フリージアはなにがなんでもヴィオラをエヴォリダズル学園に連れていくつもりである。
それこそ自分が使える権力をすべて使ってでも。
どうして彼女にここまで気に入られているかは分からないが、自分の能力を認めてくれていることは素直にうれしかった。
フリージアと共に学園生活などめんどくさいことが起こる予感しかしないが、何を言っても無駄そうなのでとりあえずうなずいておく。
(あとでお父様に相談しよう...)
「クライネ、ルナール、あなた達もよ」
「え!?」
「私たちもですか!?」
クライネ・ピオニーとルナール・ミュゼット。
最終的にフリージアのオトモダチに選ばれた二人だ。
「伯爵家のクライネ様は分かりますが、私は子爵の家。学園への入学資格はあるのでしょうか」
「爵位があれば十分よ。無理と言われたらわたくしが苦言を呈すので心配なさらないで」
「フリージア様...!ありがとうございます!!!」
名門エヴォリダズル学園に通うことはそれだけで名誉なこと。
普通ならば通えないと思っていた憧れの学園に公爵令嬢の友人として通えば社交界でのステータスになる。
(まったく、みんな肩書ばかり意識して嫌になっちゃう)
ヴィオラは紅茶を一口飲んだ後、三人にばれないように小さくため息をついた。
***
家に帰って今日の出来事を報告すれば、予想通り両親は泣いて喜んだ。
学費の件を話せば「そんなこと気にしなくていい」と父が頭をなでながらいうので、お言葉に甘えて学費は出してもらうことにした。
実際、試験に合格しての入学というのは学園内でかなり噂になるようで、学園生活を静かに送りたいヴィオラとしては目立つようなことはしたくなかったので一安心である。
それからというもの、両親はヴィオラの学園生活のためにあれやこれやといろいろな手続きを進めていった。
入学申請は当たり前に、入学金の用意に初年度の学費の用意。
それに加えてエヴォリダズル学園は全寮制なので、ヴィオラが住むことになる寮の部屋の準備から部屋に用意する家具の用意。
学園に連れていく使用人の宿舎の手配など、入学前にすることはたくさんある。
そのうちの一つにヴィオラの専属使用人の任命があった。
身の回りの世話をするメイドはヴィオラが自分で選ぶといいという父の言葉に甘え、幼いころからヴィオラのわがままに文句も言わず、毎日世話をしてくれていたアリアを正式にヴィオラの専属メイドとして指名した。
アリアはその目に涙を浮かべながら喜んでくれたが、ヴィオラとしては幼いころにひどい扱いをされたであろう彼女に、これからも自分の世話を焼いてもらうことに罪悪感を覚えた。
ヴィオラとしては学園についてきてもらう使用人はアリアだけで十分だと思っていたのだが、両親はヴィオラの好奇心旺盛で夢中になると周りが見えなくなる気質や、主に防犯の面で少々伯爵令嬢としての自覚が足りていない部分に不安を抱いてた矢先に先日の事件もあって、ヴィオラに専属の護衛と執事を付けようと良い人材を探していたという。
「紹介したい人がいる」と言って父が連れてきた人物に、ヴィオラは目を見開いた。
夜空のような漆黒の髪はきれいに整えられているが、元のくせっけなのかところどころはねた髪が愛嬌を生み出していた。
鮮烈な紅い瞳はまっすぐにこちらを見つめている。
黒のスーツを着こなす体はすらりとしているが、服の上からでも体がしっかりと鍛えられていることがよくわかった。
「ヴィオラの執事兼護衛として雇ったファルシュ君だ。農民の出だが教養もあるし、体術もできる!これからなにかあってもなくても彼を頼るといい」
「ファルシュです。これからどうぞよろしくお願いします、お嬢様」
少し低い声に飄々とした物言い、最後には胡散臭い貼り付けたような、しかし完璧な笑みを浮かべた。
目の前のファルシュと名乗る男は、どこからどう見てもあの時薄暗い路地でヴィオラを助けた男に違いなかった。
確かにあの時男は「今度挨拶に行く」とは言っていたが、まさか自分の専属執事としてシルヴァ家に雇われるだなんて誰が予想しただろうか。
誰か大声で叫ばなかったヴィオラをほめてほしい。
唇をわなわなさせて動かない娘の心情を知ってか知らずか、ニコニコ顔で「困ったら彼を頼るんだよ〜」と言い残して父はヴィオラの部屋から去っていった。
突然訪れた静寂にキーンと耳鳴りがする。
ほとんど放心状態で男を見つめていると、美しい笑みを浮かべていた男__ファルシュはその完璧な微笑みを路地で見たような不敵な笑みに変えた。
「よう、挨拶に行くって言ったろ?」
「...あの時は言葉の意味が分かりませんでしたが、まさかこんな形で再会するなんて思いませんでした、ファルシュさん」
「そんなにかしこまるなって。俺のことはファルシュでいい、もっと気楽に接してくれ。なんて言ったって俺はお前の執事だからな、お嬢様?」
わざとらしくお辞儀をするファルシュに頭痛がする。
「あなた、いったい何者なの」
「ただの農民出身の出稼ぎ人間さ。いろんな仕事を経験してきたが、お貴族様の使用人は初めてだ。どうだ、なかなか似合ってるだろ」
スーツの襟を正しながら自慢げにこちらを見るファルシュの目はきらきらと輝いている。
「そうだね」と適当に返せばふふん、と鼻息を荒くした。
どうにも読めない男だ。
ヴィオラは先日の路地での男の動きを思い出す。
ただの出稼ぎ?そんな男があんな身のこなしをしてたまるものか。
傭兵をしていましたと言われた方が百倍納得できる。
「この前は騎士団が来ちまったからゆっくり話もできなかったからな」
「騎士団に見つかると何か不都合でも?」
「いんや、お堅い騎士様と話すのが面倒ってだけさ」
ファルシュはヴィオラの部屋に置かれているソファにどかりと腰掛ける。
「うお、ふかふかだな」と言いながらまるで自分の隣に座れというようにソファをとんとんと手で叩くので、ヴィオラはファルシュの座るソファの、その正面に設置されたもう一つのソファに座った。
「で、出稼ぎを頑張っていらっしゃるファルシュさんはどうして私の執事なんかに?」
「そりゃあ給金が高いからって言うのは建前で、お前のことを近くで観察したくなったからだよ」
「観察?なんのために」
怪訝そうにヴィオラが問いかけると、ファルシュは楽しそうに答えた。
「自分のためさ。俺は人間観察が趣味なんだ。お前みたいな面白い人間、百年に一人の逸材だね」
うんうん、とうなずくファルシュに首をかしげる。
ヴィオラに特筆すべき才能はない。
勉強はそこそこできるが王都に出ればヴィオラほどの頭脳の持ち主などそこら中にいるだろう。
容姿だってそこそこ整っているが絶世の美女、というほどでもない。
そんな自分に何を見出したというのだろうか。
「そういえば髪がきれいになっているな」
「髪?」
「ああ、路地で会った時はナイフで切り裂いてぼさぼさだったうえに長さもばらばらだっただろ。あれはすごかったな、さすがの俺も驚いた。髪は女の命なんじゃないのか?」
「別に、髪なんて放っておけば伸びますし。それに私は短い方が好きだから丁度良かったです。髪はアリアにきれいにそろえてもらいました」
「くく、なるほどな。それにしても、盗賊に襲われたのがちょうどいいって...くくっ」
肩を震わせて笑いをこらえているファルシュに胡乱な目を向ける。
この男はどうもヴィオラの言動をエンターテインメントとして見ている節がある。
ヴィオラがじとりとファルシュを睨んでいると、真剣そうな声色で問うてきた。
「...俺が怖いか?」
「え?」
「突然俺みたいな不審な人間が執事なんて怖いだろ」
「自分が不審人物だって自覚あるんですね...」
このおちゃらけていて、しかしどこか飄々としていてつかみどころのない男は自分がいかにも怪しくあることを自覚していたのだ。驚きである。
「まあな。それに俺の目、珍しい色をしてるだろう」
「そうですね、まるで血のように鮮やかな赤色でとても素敵です」
「そうだろう、まるで血のようで....は?なんて?」
「血のように鮮やかな赤で素敵ですね、と」
「気味悪い、じゃなくてか?」
「...?どうして気味悪がる必要があるんですか?」
黒い髪に赤い目など、前世で重度のオタクだったヴィオラにとっては中二心くすぐられるカラーリングだ。
魅力的だと思いこそすれ、怖いなど思うはずもない。
心底分からないという様な表情に、ファルシュは少しの間ほうけていたが我に返ったかと思えば大声で笑いだした。
「あっはははは、やっぱりお前もしろいな!気に入った。やっぱり潜入して大正解だ!」
「潜入って言っちゃってますよ、お兄さん」
「はぁ、おもしろい。この調子でこれからも俺を楽しませてくれよ、お嬢様?」
からかうようにこちらを覗き込む紅い目は好奇心できらきら輝いていた。
やはり、この男はヴィオラを見世物として楽しむ気である。
厄介な人間に興味を持たれてしまったと、ヴィオラは深いため息をついた。




