サウナー、異世界に蒸し湯を作る
「……おいおい、サウナー。本当にこれ、竹なのか?」
『月見の湯』の裏庭に運び込まれた竜竹を見て、棟梁のマツオカさんが呆然と立ち尽くしていた。黒光りするその表面をノミで叩くと、「キィィン!」と、まるで上質な鋼を叩いたような高い音が響く。
マツオカさんが自慢のノミを恐る恐る当ててみるが、刃が滑るだけで傷一つ付かない。
「伝説に嘘はなかったってわけだ。だが、これじゃあ加工ができねえ。管にするために中をくり抜くことも、曲げることも不可能だ。宝の持ち腐れになっちまうぞ」
職人たちがざわつき始める。「やっぱり無理だ」「よそ者の夢物語だったんだ」という空気が流れかけたその時、アリーが鼻を鳴らした。
「ふふん! 師匠、マツオカさん、任せてください。鉄が硬いなら、焼きなましをすればいいんです!」
アリーは街の鍛冶場から大型の鞴と炭を借りてくると、庭の真ん中に即席の炉を作り上げた。
「焼きなまし……だと? 竹を焼いたら灰になるだけだろ!」
マツオカさんの叫びを無視して、アリーは竜竹を豪快に炎の中へ突っ込む。
「ただ焼くんじゃありません。火の温度と、引き上げるタイミングが命なんです!」
アリーは真剣な目で炎の色を見つめる。かつて父ドルガンの隣で、硬すぎて折れてしまう鋼を「粘り強く」変えてきた経験が、彼女の感覚を研ぎ澄ましていた。
竹が赤暗い熱を帯びた瞬間、アリーが叫んだ。
「今です! マツオカさん、叩いて!」
「っ……おうよ!」
マツオカさんが半信半疑ながらも、重い木槌を振り下ろす。すると、あんなに硬かった竜竹が、飴細工のようにぐにゃりとたわんだ。
「なっ……本当に柔らかくなってやがる!」
「今のうちに形を整えて、ゆっくり冷ますんです! そうすれば、粘りが出て加工できるようになります!」
そこからは、鍛冶師の知識を持つアリーと、木工の神髄を知るマツオカさんたちの共同作業が始まった。アリーが熱し、マツオカさんが形を整え、セイルが温泉成分の腐食を抑える「特製漆」を継ぎ目に塗っていく。
数日後。
大浴場のすぐ隣、かつて物置だったスペースに、竜竹の配管が血管のように張り巡らされた。
「よし、構造はできた。次は安全性の確保だ」
俺はセイルと共に、配管の最終チェックを行う。
「サウナー、換気口の配置を確認してくれ。硫黄ガスが滞留すれば一溜まりもないからな」
セイルは、有毒な「毒の煙」を感知すると色が変わる特殊な薬草を、室内の四隅に配置した。
「この薬草が青い間は安全だ。赤くなったら、即座に外気を取り入れる。この『自動換気窓』の重り調整、マツオカさん、頼めるか?」
「ああ、蒸気の勢いで蓋が持ち上がるように細工してある。温度が上がりすぎれば勝手に開く仕掛けだ」
そして俺は、もっとも重要な「レジオネラ菌(目に見えない病魔)」対策について念を押した。
「この竜竹の配管は、週に一度、この『高濃度塩水』で洗浄する。溜まった水が腐れば、癒やしの蒸気が病の霧に変わっちまうからな。そこだけは、ユキハさん、徹底してくれ」
「はい。この街の誇りにかけて、決して不浄な真似はさせません」
ユキハの瞳に、宿の主としての強い覚悟が宿っていた。
職人たちの意地、薬師の英知、そしてサウナーの情熱。
バラバラだった点と線が、一つの「聖域」として組み上がっていく。
「……できた。ついにできたぞ」
マツオカさんが、汗を拭いながら呟いた。
檜の香りと、竜竹の黒い輝きが融合した、この世で唯一の『源泉・竜竹蒸し湯』。
「さあ、サウナー。最初の“火入れ”ならぬ、“蒸気入れ”は、あんたの役目だ」
俺は震える手で、源泉から蒸気を引き込むメインバルブに手をかけた。
背後では、アリーが「次は私が開けますからね!」と、すでに次のいたずらを考えていそうな顔で待ち構えている。
「いくぞ……ととのいの向こう側へ」
シュォォォォォ……!!
バルブを回した瞬間、竜竹が生き物のように低く唸り始めた。




