サウナー、伝説の素材を求めて
翌朝。俺たち『温泉調査隊』は、再びあの『竜の寝息が聞こえる洞窟』の入り口に立っていた。
メンバーは、俺、セイル、アリー、そして案内役の棟梁マツオカさんの四人だ。
「いいか、サウナー。源泉まではあんたたちのおかげで道が拓けた。だが、そこから先は、このわしですら足を踏み入れたことのない、本物の“禁足地”だ」
マツオカさんの顔は、いつになく真剣だ。
「硫黄の濃度が格段に上がっている。全員、セイル特製の濡れマスクを絶対に外すな」
セイルの指示に、俺たちは神妙に頷く。
「はい! 師匠、冒険ですね! ドキドキします!」
一人だけ、アリーが目を輝かせている。その背中には、あの不吉な『岩盤破砕槌』が、これみよがしに括り付けられていた。
「……アリー、頼むから、絶対にそれを勝手に振り回すなよ。いいな? 絶対にだぞ」
俺の念押しに、アリーは「分かってますよー!」と、少し不満げに頬を膨らませた。
俺たちは、以前復活させた源泉の横を通り抜け、洞窟のさらに奥深くへと進んでいった。
道中は、まさに地獄。
足元からは熱湯が湧き出し、壁からは正体不明のガスが噴き出している。
セイルが時折立ち止まっては、空気の匂いを嗅ぎ、「右だ」「いや、こっちの風は毒が薄い」と、薬草師としての知識と嗅覚で、俺たちを安全なルートへと導いてくれた。
「すごいな、セイル。あんたがいなきゃ、俺たちとっくに全滅してたぞ」
「ふん。当然のことをしているまでだ。それより、呼吸を浅くしろ。肺がやられる」
息苦しい熱気の中を数十分ほど進んだだろうか。
突如、マツオカさんが足を止めた。
「……ちっ。ここまでか」
俺たちの目の前を、古い時代のものらしい、巨大な落盤が完全に塞いでいた。
その岩は、源泉近くの脆い岩とは違い、黒々とした硬い花崗岩のようだ。
「こいつは……わしら大工の道具じゃ、歯が立たねえな。諦めて戻るしかあるまい」
マツオカさんが、悔しそうに呟いた。
ユキハさんや、街のみんなの顔が脳裏をよぎる。
(ここで……諦めるわけには……!)
俺が覚悟を決めてつるはしを握りしめた、その時だった。
「――待ってました!」
俺の隣で、アリーが、待ってましたとばかりに背中の『岩盤破砕槌』を構えた。
その目は、獲物を前にした獣のようにギラギラと輝いている!
「ま、待てアリー! 早まるな! これを崩したら、天井が……!」
俺の制止の声など、もはや彼女の耳には届いていなかった。
「師匠、見ててください!」
だが、アリーは闇雲に槌を振り上げなかった。
彼女は岩盤の前に立つと、トン、トン、と金槌で表面を叩き、その反響音に耳を澄ませ始めたのだ。
それは、父ドルガンが鉄の鍛え具合を確かめる時と、全く同じ仕草だった。
「……お父さんなら、ここを狙うはず……」
アリーは、岩盤のほんの小さな亀裂――俺の目では見逃してしまうほどの――を見つけると、そこに槌の先端をぴたりと合わせた。
「師匠! みんな、耳を塞いでください!」
アリーは、鍛冶場でふいごを扱う時のように、深く、深く息を吸い込む。
そして、小さな体全体をしならせて、持てる力の全てを、その一点に叩き込んだ!
「必殺! 岩盤破砕撃!!」
キィィィィィィン!!
耳をつんざくような金属音が響き渡り、槌の先端が、寸分の狂いもなく亀裂へと吸い込まれていく。
洞窟全体が、激しく揺れた!
「まずい! 崩れるぞ!」
マツオカさんが叫び、俺たちは身を伏せた。
だが、予想された崩落は起きなかった。
代わりに聞こえてきたのは、メキメキ……パキィッ!という、硬いものが割れる澄んだ音。
俺たちがおそるおそる顔を上げると、目の前の巨大な岩盤は、綺麗に、見事に、真っ二つに割れて、道を開いていたのだ。
「……し、信じられん……。あの岩を、たったの一撃で……」
棟梁のマツオカさんが、腰を抜かしたように座り込んでいる。
アリーは、ふぅ、と息を吐くと、槌をくるりと回して肩に担いだ。
「えへん! 私だって、師匠の一番弟子なんですから!」
そのドヤ顔は、今までで一番輝いていた。
俺たちは、アリーが開いた道を、半ば呆然としながら進んでいった。
そして、その先にあった広大な空洞で、俺たちはついに“それ”を発見した。
地熱で輝く苔に照らされた空間に、まるで金属のように黒光りする竹が、静かに群生していたのだ。
「……あった……! これが、『竜竹』……!」
俺がそっと触れると、竹はまるで生きているかのように、ほんのりと温かかった。
セイルが小刀で少し削ってみるが、刃がこぼれそうになるほどの硬度だ。
「……信じられん。これは植物か? 鉱物に近い。これなら、どんな蒸気にも耐えられるだろう」
こうして、俺たちはアリーの(奇跡的な)大活躍により、伝説の素材『竜竹』を手に入れた。
俺は、誇らしげな弟子と、神秘的な竹を交互に見つめた。
(……こいつは、とんでもない蒸し湯ができそうだ)
俺たちの湯けむり改革は、最強の素材を手に入れ、いよいよ完成へと向けて加速するのだった。




