サウナー、湯けむりの難関に挑む
温泉街の湯守たちからの協力を取り付けた俺たちは、早速『月見の湯』を拠点に、世界初の『温泉蒸し湯』建設に取り掛かった。
俺は、集まった街の湯守や大工たちに、その全体像を説明した。
「心臓部は、復活した源泉から直接引いてくる高温の蒸気だ。これを安全に室内に導き、満たす必要がある」
だが、俺の楽観的な計画に、セイルが待ったをかけた。
「サウナー、一つ重大な問題がある」
セイルの表情は、いつになく真剣だった。
「この街の湯は、硫黄の成分を多く含む。源泉の蒸気をそのまま吸い込めば、それは薬にもなるが……濃度が高すぎれば毒の煙にもなるぞ。換気が不十分な部屋では、命に関わる」
その言葉に、職人たちが息をのむ。
(そうだ……安全性の確保こそが、最優先だ)
「つまり俺たちは、この世で最も安全で、完璧な蒸し湯を作らなきゃならないってことだ。やりがいはある。みんなの知恵を貸してくれ!」
最初の課題は、「完璧な換気システム」だった。
「毒の煙(硫黄ガス)を滞留させず、常に新鮮な空気を取り入れ、古い蒸気を排出し続ける必要がある」
「ふむ。それなら、王都の『ととのい奉行所』で使ったアーチ構造が応用できるかもしれん」
俺は、記憶を頼りに地面に設計図を描き始めた。
「床下と、天井のドーム頂点、対角線上に二つの通気口を設ける。蒸気の熱で生まれる上昇気流を計算し、常に空気が循環する構造にするんだ」
俺の図面を、この街で一番腕利きと評判の棟梁、マツオカさんが、腕を組んでじっと睨んでいる。
彼は、源泉復活には感謝しつつも、俺たちよそ者のやり方にはまだ半信半疑のようだった。
「……理屈は分からんでもねえ。だが、天井をそんな妙な形(にするなんざ、手間がかかるだけだ。平天井で、窓を二つつければ十分だろうが」
「いや、それではダメなんだ! 平天井だと、冷えた蒸気が結露して、冷たい水滴になって客の頭に落ちてくる!それではととのえない!」
「とと……? わけのわからんことを。わしは大工だ。奇抜なもんじゃなく、頑丈な小屋を作ればいいんだろ?」
俺のサウナ哲学と、現地の職人のプライドが、早くもぶつかる。
(くっ……王都のマグナスたちなら、この設計の意図をすぐに理解してくれたんだが……!)
議論は平行線のまま、次の、そして最大の課題が浮上した。
「蒸気を運ぶ配管だ。この街の湯は、硫黄成分が強すぎる」とセイルが断言する。
「並の鉄や鉛の管を使えば、ひと月も経たずに錆びて腐り落ちるだろう。さもなくば、管が溶け出して湯に毒が混じる」
「なっ……!?」
俺は青ざめた。王都の技術は、ここにはない。
アリーが、工房から持ってきた様々な金属片を温泉水に浸けて実験するが、どれもすぐに変色してしまう。
「だめです師匠……! このお湯、強すぎます!」
万策尽きたか……。
俺たちが頭を抱えていると、それまで黙って俺たちを試すように見ていた棟梁のマツオカさんが、ぽつりと言った。
「……一つだけ、方法があるやもしれん」
「え?」
「この谷の奥深く、『竜の寝息が聞こえる洞窟』……あんたたちが源泉を復活させた、あの洞窟の、さらに奥。そこには、火山の熱にも硫黄の毒にも耐えるという、伝説の『竜竹』が自生しておる」
「竜竹……!」
「うむ。それを乾燥させ、特殊な漆で繋ぎ合わせれば、どんな熱い湯も蒸気も通せる、最高の管になるという。……まあ、生きて帰ってこれれば、の話だがな」
マツオカさんは、まるで試すように俺たちを見た。
「危険な場所なんですね?」
「ああ。湯守仲間でも、奥まで行った者は誰もおらん。毒の煙が噴き出す場所もある」
絶望的な情報。
だが、俺の隣で、目を伏せていたアリーが、顔を上げた。
彼女の手は、いつの間にか『岩盤破砕槌』を握りしめていた。
「師匠。行きましょう」
「アリー?」
「伝説の素材……鍛冶師として、見逃すわけにはいきません! それに、私たちが源泉を復活させたんです! その恵みを、最後まで村に届けるのが、私たちの役目じゃないですか!」
アリーの熱い言葉に、俺の心も決まった。
「……マツオカさん。俺たちを、その洞窟まで案内してくれ。この街最高の蒸し湯を作るために、その『竜竹』、必ず手に入れてみせる」
俺の真剣な目に、マツオカさんは驚いたように目を見開き、やがて、その強張っていた口元を、わずかに緩めた。
「……ふん。よそ者のくせに、威勢だけはいい。……よかろう。そこまで言うなら、わしが案内してやる。だが、命の保証はせんぞ」
こうして、俺たちのプロジェクトは、未知の素材を求める危険な冒険へと、その舵を切ることになった。
アリーは、なぜか「冒険!探検!」と、完全に遠足気分のようだったが……。




