サウナー、湯けむり改革に乗り出す
源泉復活の奇跡から数日。
湯けむりの街は、明らかに活気を取り戻し始めていた。
湧出量が安定し、湯温も戻ったことで、街の隅々まで豊富な湯が行き渡るようになったのだ。
その日の午後、『月見の湯』の一室に、俺、アリー、セイル、エリアス、そして若女将のユキハが集まった。
議題はもちろん、「月見の湯」再生プロジェクト、そして温泉街全体の未来についてだ。
「よし、みんな! 源泉も復活したことだし、この街に、世界で初めての施設を作り上げよう!」
俺が意気揚々と切り出すと、ユキハが静かに、しかし力強く頷いた。
「はい! この『月見の湯』を、その最初のモデルケースとしてください!」
俺は、持参した羊皮紙に、頭の中にある新しい構想を描き始めた。
「王都の『ととのい奉行所』は、高温のドライサウナがメインだった。だが、この街には最高の“温泉”がある。この恵みを最大限に活かすんだ」
俺は、サウナストーブの絵を横線で消した。
「薪ストーブは使わない。代わりに、復活した源泉から直接蒸気を引き込む。そして、その蒸気で満たされた部屋を作るんだ。温度は穏やかだが、湿度は100%。温泉のミネラルを全身で浴びる、蒸し湯だ!」
この提案に、アリーが目を丸くした。
「じょ、蒸気だけですか!? ロウリュもアウフグースもなしで、ちゃんと、ととのえるんですか?」
「ああ。ドライサウナのガツンとくる熱さとは違う、どこまでも優しく、体を芯から蒸し上げるような、新しい癒やしだ。熱いのが苦手な人でも、ゆっくりと汗をかける。それに…」
俺はユキハの方を見た。
「大湯殿のすぐ隣にあるから、湯船で温まった客が、そのままシームレスに蒸し湯に入れる。最高の動線だろ?」
その言葉に、セイルが大きく反応した。
「……サウナー、それは画期的だ! 温泉で皮膚を柔らかくした後で、薬効成分を含んだ蒸気を浴びる…。まさに、私が理想としていた吸入療法と経皮吸収の融合だ!」
ユキハも、宿の女将として具体的なイメージを膨らませる。
「大浴場の、隣……。それでしたら、古い釜置き場になっているスペースがありますわ! あそこなら、すぐにでも改修を…!」
エリアスの商人の目も、ギラリと光った。
「源泉蒸し湯! なんと贅沢で、健康的な響き! これは王都の富裕層や貴婦人方に間違いなく受けますぞ! しかも薪を使わないなら、ランニングコストも抑えられる…素晴らしい!」
仲間たちの賛同を得て、プロジェクトの核となるアイデアは固まった。
だが、最大の壁が残っていた。
「……ですが」
ユキハの顔が曇る。
「この街の湯守たちは、代々受け継いできた湯と入浴法を何よりも重んじています。蒸し湯という新しいものを、果たして受け入れてくれるかどうか……」
頑固な伝統主義者たち……か。
(また、一人ずつサウナに入れて説得するか……? いや、今回は違う。)
俺は、ユキハに向き直った。
「ユキハさん。俺たちを信じて、街の人たちを説得してくれないか。これは、よそ者が持ち込むサウナじゃない。この街の宝である温泉の恵みを、最大限に引き出すための、新しい湯治の形なんだってことを」
俺の言葉に、ユキハはしばらくの間、じっと自分の手を見つめていた。
そして、顔を上げると、その目には若女将としての、強い覚悟の光が宿っていた。
「……はい。私が、やってみます。この街の未来のために」
その日から、ユキハの、そして俺たちの新しい戦いが始まった。
ユキハは一軒一軒、頑固な湯守たちの元を訪ね歩いた。
最初は警戒されたり、首を縦に振らなかったりする者もいた。
だが、源泉を復活させた俺たちへの感謝と信頼は、彼らの固い心を少しずつ溶かしていった。
さらに、セイルが「蒸し湯」の医学的な効能(特に呼吸器疾患や皮膚病への効果)を丁寧に説明し、エリアスが「新しい湯治客を呼び込み、街全体が潤う」という経済的なメリットを示すと、湯守たちの顔つきも変わっていった。
そして、決定打となったのは、アリーが街の女将さんたちを味方につけたことだった。
「蒸し湯はお肌がツルツルになるんですよ!」
「低温だから、のぼせずにゆっくりおしゃべりもできるんです!」
女性たちの口コミと圧力には、頑固な男たちも抗えなかった。
数日後。
ユキハが、晴れやかな顔で俺たちの元へ戻ってきた。
「……皆さん。街の皆さんが……『街の未来のために、やってみろ』と、協力してくれることになりました!」
彼女の言葉に、俺たちは顔を見合わせ、そして、大きな歓声を上げた。
対立ではない。感謝と共感によって、温泉街は一つになろうとしていた。
俺たちの、湯けむり改革プロジェクト――
この世界初の温泉蒸し湯建設は、最高の形でその第一歩を踏み出したのだった。




