サウナー、洞窟に挑む
夜明けと共に、俺たち「温泉調査隊」は、ユキハの案内で『竜の寝息が聞こえる洞窟』へと向かった。
山の奥深く、草木をかき分けて進んだ先に、その洞窟はぽっかりと口を開けていた。
入り口からは、ユキハの言葉通り、ゴウゴウと地鳴りのような音が響き、硫黄の匂いをまとった生暖かい風が吹き出してくる。
「……ここが」
セイルが、用意したマスクを装着しながら眉をひそめる。
「内部の空気は淀んでいる。長居は危険だ。速やかに行動するぞ」
俺たちもマスクを着け、松明の明かりを頼りに、洞窟の中へと足を踏み入れた。
内部は、想像以上の過酷な環境だった。
壁からは絶えず熱い水滴が滴り落ち、足元にはぬるま湯の川が流れている。
空気は重く湿り、まるでサウナ室の湿度を限界まで上げたような状態だ。
「うへぇ……師匠、ここ、息苦しいです……」
アリーが、額の汗を拭いながら弱音を吐く。
「サウナだと思え、アリー。ゆっくり呼吸しろ」
俺はそう言いながらも、この異常な湿度と熱気に、警戒心を強めていた。
洞窟は、まるで迷宮のように複雑に入り組んでいた。
ユキハが持つ古い地図を頼りに進むが、落盤で道が塞がれている箇所も多い。
「こっちもダメです!」
「こっちも岩で通れない!」
行く手を阻む岩壁。ここでアリーの出番……かと思いきや。
「アリー、待て!」
俺は、意気揚々と『岩盤破砕槌』を振りかぶるアリーを制止した。
「お前がそれを振るったら、この洞窟自体が崩落する可能性がある! ここは俺がやる」
俺は、村の薪割りで鍛えた腕で、つるはしを振るった。
幸い、落盤の岩はそこまで硬くなく、数十分の格闘の末、なんとか人が通れるだけの隙間を開けることができた。
「はぁ、はぁ……やっぱり、こういうのは力仕事だな」
汗だくの俺を見て、アリーが少しだけ不満げな顔をしている。
「師匠ばっかりズルいです!」
「ズルいとかそういう問題じゃない!」
そんなコントのようなやり取りをしながらも、俺たちは洞窟の奥へ、奥へと進んでいく。
硫黄の匂いはますます強くなり、地鳴りのような音も近づいてくる。
そして、ついに俺たちは洞窟の最深部らしき、広大な空間へとたどり着いた。
そこは、まさに地獄の釜の底のようだった。
壁のあちこちから高温の蒸気が噴き出し、地面には熱湯が溜まっている。
そして、空間の中央。そこには、巨大な一枚岩が鎮座し、その下からか細く、しかし確かに温泉が湧き出ているのが見えた。
「……あれが、源泉……!」
ユキハが、息をのむ。
だが、その湧出量はあまりにも少ない。
巨大な岩盤が、まるで蓋をするかのように、源泉の出口の大半を塞いでしまっているのだ。
「あれを、どうにかしないと……」
セイルが、厳しい顔で岩盤を見つめる。
人間の力で動かせるような大きさではない。
「師匠! 今度こそ、私の出番です!」
アリーが、満を持して『岩盤破砕槌』を構える。
「いや、だから待て、アリー!」
俺が再び止めようとした、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
突然、洞窟全体が激しく揺れた!
壁からバラバラと石が崩れ落ち、天井からは熱湯が降り注ぐ。
「きゃあっ!」
「地震か!?」
「まずい! このままでは生き埋めだ!」
パニックに陥る俺たち。
だが、アリーだけは違った。
彼女は、恐怖に震えながらも、目の前の巨大な岩盤の一点を見つめていた。
そこには、今回の揺れで新たに生まれた、小さな亀裂が入っていた。
「……師匠!」
アリーが叫んだ。
「お父さんが言ってた! 鉄でも石でも、一番脆いのは“傷”の部分だって! そこを狙えば……!」
アリーは、俺の制止を振り切り、亀裂に向かって『岩盤破砕槌』を振り上げた。
それは、やけくそな一撃ではない。鍛冶師として培ってきた、全ての経験と勘を込めた、一点集中の精密な一撃だった。
キィィィィィン!!
甲高い金属音が響き渡り、槌の先端が、寸分の狂いもなく亀裂へと吸い込まれていく。
そして――。
メキメキメキ……バキィィィィィィィィッッ!!
巨大な岩盤に、蜘蛛の巣のような亀裂が走り、次の瞬間、轟音と共に砕け散った!
同時に、塞がれていた源泉から、熱湯と蒸気が、天を突くかのような勢いで噴き上がった!
「「「うわああああああああああっ!!」」」
俺たちは、その圧倒的な光景と熱風に吹き飛ばされながらも、確かに見た。
絶望的な闇の中に、再び希望の光が差し込んだ瞬間を。




