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サウナー、過去からの呼び声を聞く

温泉街での夢のような休日は、瞬く間に過ぎていった。

俺たちは連日、様々な湯に浸かり、温泉卵を食べ、夜は満天の星空の下で露天風呂を満喫した。

だが、その穏やかな時間の裏で、俺が初日に感じた小さな違和感は、少しずつ確信へと変わっていた。

この街は、どこか活気がない。

素晴らしい湯と文化があるにも関わらず、どこか寂れていて、訪れる人もまばらだ。

まるで、時間が止まってしまったかのように。

その理由の一端を、俺たちは偶然知ることになる。


街で一番古いと言われる温泉宿、『月見の湯』。その古風な佇まいに惹かれて立ち寄った時のことだった。

宿の中は、掃除は行き届いているものの、訪れる客はほとんどおらず、静まり返っていた。

帳場に座っていたのは、儚げな雰囲気を持つ、若い女性だった。年の頃はアリーと同じくらいだろうか。美しいが、その顔には諦観のような、深い影が落ちている。


「……いらっしゃいませ」


彼女の声は、か細く、力ない。


「ここは素晴らしい宿ですね。なのに、どうしてお客さんが…」


エリアスが尋ねると、彼女は寂しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。でも、もう昔の話ですわ。この宿も、この街も……ゆっくりと、終わっていくだけですから」


彼女の名はユキハ。『月見の湯』の一人娘で、病に倒れた両親に代わり、一人でこの宿を切り盛りしているのだという。

そして、彼女の口から語られたのは、この温泉街が抱える、深刻な現実だった。


「湯が……年々、細くなっているのです。温度も下がってきて……」


街の命である温泉の湧出量が減少し、かつての賑わいは失われてしまった。新しくできた、少ない湯量でも楽しめる豪華な宿に客は流れ、ユキハのような古い宿は、ただ寂れていくのを待つしかないのだという。


「……何か、手はないのか? 源泉を調べるとか…」


俺が言うと、ユキハは力なく首を振った。


「源泉は、山の奥深く。危険な場所で、誰も近づけません。それに……これは、湯の神様がお怒りなのです。私たちには、どうすることも……」


その時、宿の古びた神棚に飾られた、一枚の古い肖像画が俺の目に留まった。

描かれているのは、東洋風の顔立ちをした、見慣れない服装の男。だが、その目には、強い意志の光が宿っている。


「……この方は?」

「ああ……この宿の創業者です。『遠い海の向こうから来た賢者様』だったと、代々伝えられています」


ユキハが、どこか遠い目をして語り始めた。


「その方は、誰も知らなかったこの谷の湯の力を発見し、人々を癒やすための最初の湯小屋を建てられたそうです。卵を蒸したり、甘いお饅頭を作ったり……この街の文化は、全てその方が教えてくださったとか」


そして、彼女は一枚の古びた護符を取り出した。そこに書かれていたのは……。


「……これは、日本語!?」


俺は、思わず叫んでいた。護符には、間違いなく俺の故郷の文字で、『家内安全』『無病息災』と書かれていたのだ。

アリーたちが「師匠?」「どうしたんですか?」と不思議そうな顔で俺を見る。

だが、俺には全てが繋がった。

この温泉街の文化、日本語の護符、そして肖像画の男……。

(……間違いない。この街を作ったのは、俺と同じ……異世界転生者だ!)

俺の脳裏に、電流が走ったような衝撃が駆け巡る。

過去に、俺と同じようにこの世界に来て、故郷を懐かしみ、この地に温泉文化を根付かせた先人がいたのだ。

そして今、その彼が残した宝が、失われようとしている。

俺は、ユキハに向き直った。

その目にはもう、ただの観光客ではない、強い決意の光が宿っていた。


「ユキハさん。俺は、しがないサウナー……いや、『ととのい奉行』だ」

「ぶ、奉行……様?」

「あんたの宿と、この街を……いや、俺たちの“故郷”を、諦めるわけにはいかない」


俺は、日本語で書かれた護符をそっと撫でた。


「俺に、その源泉とやらを、調べさせてくれないか」


俺の、あまりにも唐突で、しかし確信に満ちた言葉に、ユキハはただ呆然と、俺の顔を見つめていた。

彼女の目に、ほんの少しだけ、希望の光が灯ったのを、俺は見逃さなかった。

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