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サウナー、湯けむりの街に心躍らせる

王都「ととのい奉行所」の運営を、新世代の熱波師として成長したクラウスたちに任せ、俺たちは新たな旅に出た。

今回は、サウナを広めるための仕事じゃない。俺の欲望と、アリーの幸運が勝ち取った、純粋な“癒やし”を求める旅だ。

出発の朝、クラウスは奉行所の前で深々と頭を下げた。


「奉行! この場所は、俺たちが命に代えても守ります! だから、安心して最高の温泉修練に励んできてください!」


生意気だった若者の顔は、すっかり一端の責任者の顔つきになっている。

俺は「ああ、任せたぞ」と彼の肩を叩いた。

エリアスが手配した快適な馬車に揺られること数日。

山道を越え、眼下に広がる谷間を見た瞬間、俺は思わず馬車から飛び出しそうになった。


「……おい、あれを見ろ!」


谷のあちこちから、白い湯気が、まるで大地の呼吸のように、ゆっくりと立ち上っている。

そして、風に乗って運ばれてくる、この匂い。

硫黄の、独特の香り。


「うっ……なんですか、この卵の腐ったような匂いは……」


アリーが鼻をつまむ。


「ふむ。硫化水素の臭気か。火山性ガスの一種だな。濃度が高いと危険だが……」


セイルが、冷静に分析を始める。

だが、俺だけは、その匂いを懐かしむように、深く、深く吸い込んだ。

(……間違いない。この匂い、この湯気……本当に、あるんだ。この世界に!)

俺の故郷、日本が世界に誇る最高の癒やし。

温泉が。


俺たちは、湯けむりに誘われるように谷底の街へと足を踏み入れた。

その街は、これまで見てきた村や王都とは、全く違う空気に包まれていた。

石畳の道は、地熱でほんのり温かい。

道の脇の側溝からは、湯気の立つお湯が絶えず流れている。

人々は、分厚い綿でできた、浴衣のような簡素な着流し姿で、のんびりと街を歩いていた。


「師匠! 見てください、あの黒い卵!」

「温泉卵だ! 温泉の蒸気で蒸した、最高の珍味だぞ!」

「あっちでは、お饅頭みたいなものを蒸してます!」

「温泉まんじゅうだ! 絶対にうまいやつだ!」


俺のテンションは最高潮だった。

アリーたちは、初めて見る光景と、異常なほど興奮している俺の姿に、ただただ目を丸くしている。

エリアスが手配してくれた宿は、木の香りが心地よい、趣のある建物だった。

部屋に通されると、そこには畳のような、い草で編まれた床が広がっている。


「おお……!」


俺は、思わずその上に大の字で寝転がった。懐かしい匂いが、俺の心を故郷へと誘う。


「サウナー殿は、どうやらこの土地と相性が良いようですな」


エリアスが苦笑している。

相性がいいどころじゃない。ここは、俺にとって第二の聖地だ。


そして、その日の夜。

俺たちは、旅の疲れを癒やすため、宿の自慢の湯船へと向かった。


「いいか、みんな。温泉には作法がある。まず、かけ湯で体を清める。湯船の中では騒がない。タオルは湯につけない。いいな?」


俺のサウナーとして、いや、日本人としての魂の講義に、三人は神妙な顔で頷いた。

俺たちは、湯気が立ち込める内湯で体を温め、そして、今回の旅の最終目的地である、露天風呂の扉を開けた。

ふわりと、夜の冷たい空気が肌を撫でる。

目の前には、ゴツゴツとした岩で組まれた湯船があり、乳白色の湯がなみなみと注がれていた。

見上げれば、満天の星空。


「「「………………」」」


全員、言葉を失っていた。

俺たちは、吸い寄せられるように、そっとその湯に体を沈めた。


「……はぁぁぁぁ…………」


熱い。だが、サウナの灼熱とは違う。

体の芯まで、じんわりと、どこまでも優しく溶かしていくような、慈愛に満ちた熱。

筋肉が、骨が、魂が、ゆっくりとほどけていく。


「……師匠……」


隣にいたアリーが、夢見るような声で呟いた。


「私……もう、ここから動きたくありません……」


その顔は、これまで見たこともないほど、とろっとろに蕩けていた。

セイルも、エリアスも、ただ黙って、満天の星空を見上げている。

理屈も、採算も、ここでは全てが無意味だ。

そこにあるのは、ただ、圧倒的な心地よさだけ。

俺は、故郷の温泉と、この異世界の空の下で、静かに目を閉じた。

サウナが、熱と冷で己を奮い立たせる“動”の癒やしなら。

温泉は、全てを受け入れ、溶かしてくれる“静”の癒やしだ。

(……どっちも、最高だな)

俺たちの、湯けむりに包まれた最高の休日は、まだ始まったばかりだった。

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