サウナー、我慢大会に挑む②
「第一回・王都サウナ我慢比べ大会」の当日。
「ととのい奉行所」は、出場選手たちの異様な熱気と、野次馬たちの期待で、蒸し風呂状態になる前からむんむんしていた。
サウナ室の前には、メディカルチェック担当のセイルが、冷徹な表情で立っている。
「いいか、少しでも体調に異変を感じたら、即刻リタイアを宣言すること。これは修練であって、自殺行為ではない。私が“危険”と判断した場合も、強制的に退場させてもらう」
その言葉に、選手たちがゴクリと喉を鳴らす。
やがて、出場者が一斉にサウナ室へと足を踏み入れた。
騎士団長レオンハルト、村の豪傑ゲルドとバルタ、丘の上の隠れ家から殴り込みをかけた初代王者ドノバン、新世代筆頭のクラウス、そして俺――ととのい奉行。
さらに、なぜか「師匠の修練のお供をします!」と、アリーまでもがちょこんと一番下の段に座っている。
「それでは、第一回戦、開始!」
最初の十分間は、静かな戦いだった。
じわじわと体感温度が上がっていく中、最初に根を上げたのは、金儲けの匂いを嗅ぎつけて参加した商人たちだった。
「だ、だめだ……! これ以上汗をかくと、原価計算が……!」
訳の分からないことを言いながら、彼らは次々と脱落していく。
「――では、第二回戦、ロウリュ、始めます」
俺が宣言すると、サウナ室に緊張が走る。
俺は、審判として、一切の私情を挟まず、完璧なロウリュを石に注いだ。
ジュワァァァァッ!!
灼熱の蒸気が、選手たちの肌を容赦なく叩く。
ここからが、本当の地獄だ。
「ぐおおお……! パン窯の芯の熱より熱い……!」
最初に脱落したのは、パン屋のバルタだった。
「だ、だめだ……俺の頑丈な木材が、湿気で反っちまう……!」
続いて、大工のゲルドも無念のリタイア。
新世代筆頭のクラウスは、隣に座る“初代”ドノバンを強く意識していた。
(ここで退場するわけにはいかねえ……! 俺が、奉行所の新しいエースなんだ!)
彼は、まだ余裕があるフリをして、胸を張って熱波を受け続ける。
だが、その無駄なプライドが、彼の体力を確実に奪っていた。
俺が放った二度目のロウリュ。その蒸気が、クラウスの最後の気力を焼き尽くした。
「……う、そだ……俺が、ここまで……」
新世代のエースは、悔しそうに床に汗を滴らせ、ふらつきながらサウナ室を去った。その背中に、ドノバンは何も言わず、ただ静かに目を閉じていた。
やがて、戦いは最終局面へ。
サウナ室に残っているのは、鉄の精神力を持つ騎士団長レオンハルト、初代の意地を見せるドノバン、そして温泉旅行券を狙う俺。
……と、黄金のサウナウッドの壁に、汗で濡れた指で何やら絵を描いているアリーの四人だけだった。
俺が、最後通告のロウリュを放つ。
室内の温度は、体感で100℃を遥かに超えていた。
「……これまで!」
最初に膝をついたのは、ドノバンだった。彼は、悔しそうに、しかしどこか清々しい顔で立ち上がり、サウナ室を去った。
残るは、俺とレオンハルト。
俺たちは、言葉を交わすずとも、お互いの限界が近いことを感じていた。
レオンハルトが、ゆっくりと目を開けた。
「……見事だ、サウナー。だが、わしは騎士の誇りを守れたようだ」
彼は満足げに頷くと、静かに立ち上がり、扉へと向かった。
「……よしっ!」
俺は、心の中でガッツポーズをした。これで温泉は俺のものだ!
俺は、勝利を噛み締めながら、悠々と立ち上がった。
外に出ると、セイルが驚いた顔で中を指差している。
「サウナー、まだ中に一人残っているぞ」
「え?」
俺が振り返ると、サウナ室の中には――「あ、この模様、いいかも……」と、まだ壁に向かってぶつぶつ呟いているアリーの姿があった。
「……よって、優勝者は、アリー選手!」
エリアスの高らかな宣言に、広場は一瞬の沈黙の後、大爆笑に包まれた。
「え? え? 私が、優勝……ですか?」
アリーは、何が起きたか分からず、きょとんとしている。
サウナの猛者たちが、灼熱の中でプライドをかけて戦っている間、彼女はただ一人、デザインのことで頭がいっぱいで、我慢比べをしていることすら忘れていたのだ。
熱さに対する“無心”。それこそが、最強の戦法だった。
アリーは、エリアスから「雲上の温泉郷・ペアご招待券」を受け取ると、俺の元へ満面の笑みで駆けてきた。
「やりました、師匠! これで、温泉修練に行けますね!」
そして、周りにいる仲間たちに向かって、高らかに宣言した。
「もちろん、セイルさんとエリアスさんも一緒に行きましょう! みんなで修練です!」
「ふっ。いいでしょう。ペアチケットをもう一枚用意します」
こうして、俺の温泉への欲望と、アリーの奇跡的な“うっかり”によって、俺たちの次の目的地は、めでたく温泉街に決定した。
そのあまりに締まらない結末に、レオンハルトまでもが、腹を抱えて笑っている。
最高のサウナ我慢比べ大会は、最高のコメディとして、その幕を閉じたのだった。




