サウナー、我慢大会に挑む
王都「ととのい奉行所」がオープンして数ヶ月。
サウナ文化は、すっかりこの街の日常に溶け込んでいた。
だが、その熱意は、時として思わぬ方向へと暴走する。
「おい、聞いたか! 最近、騎士団の連中が『我らの忍耐力こそ至高』などと言って、最上段を独占しているらしいぜ!」
「なんだと! 俺たち労働者の、日々の汗水で鍛えた体の方が、熱さには強いに決まってる!」
「ふん、本当のサウナーとは、力ではなく、頭脳で熱を制する者のことですよ」
いつしか奉行所のサウナ室は、癒やしの場ではなく、己のサウナ愛の深さを競い合う、奇妙な闘技場と化していた。
そしてついに、俺が育てたドノバンの後輩にあたる、威勢のいい若者クラウスが、高らかに宣言した。
「こうなったら、誰がこの奉行所で一番サウナに強いか、はっきりさせようじゃねえか!」
「第一回! チキチキ! 王都ナンバーワンサウナー決定戦! サウナ我慢比べ大会を開催する!」
そのあまりに頭の悪そうな大会名に、俺はめまいがした。
その噂は、瞬く間に王都を駆け巡り、丘の上の『隠れ家』で静かにサウナを守る、ドノバンの耳にも届いていた。
『隠れ家』は、奉行所のような華やかさはないが、サウナの本質を知る者たちが集う、静かな聖地だ。
「……ドノバンさん、聞きましたかい? 奉行所の若い連中が、我慢比べなんぞを始めるそうですぜ」
「ふん……」
常連客の言葉に、ドノバンは静かに薪をくべる。
(サウナーさんは、そんなことを教えたわけじゃねえ。サウナは、己と向き合う神聖な場所だ……)
「なんでも、『俺たち新世代こそが王都最強だ』なんて言って、息巻いてるらしくてねえ。ドノバンさんみたいな“初代”は、もう古い、なんて声もあるとか…」
その一言に、ドノバンの眉がピクリと動いた。
彼こそが、サウナーから直接指導を受けた、王都最初の熱波師。そのプライドは、エベレストよりも高い。
「……面白い。奉行所の若造どもに、俺たちがサウナーさんから直々に受け継いだ“本物の魂”ってやつを、見せに行ってやるか」
初代王都サウナーは、静かに、しかし熱く闘志を燃やした。
「断固として、反対だ!」
俺は、大会の企画書(クラウスが書いた汚い羊皮紙)を机に叩きつけた。
「いいか、みんな! サウナは我慢比べじゃない! 熱さや時間を競うなんてのは、サウナへの冒涜だ! 自分自身の心と体と、静かに向き合うための神聖な時間なんだぞ!」
俺の熱弁に、アリーだけが「さすが師匠です!」と目を輝かせている。
だが、他の連中の反応は鈍い。
その時、商人エリアスが、ニヤリと笑いながら一枚の豪華なチラシを広げた。
「――なお、優勝者には、私から豪華賞品を贈呈いたします。それは……隣国で今、貴族たちの間で話題沸騰中の秘湯! 『温泉郷・ペアご招待券』です!」
『――温泉郷』
その一言に、俺の頭の中で何かが弾けた。
(お、お、お、温泉……!? この世界に……温泉街が!? 露天風呂は!? 卓球台は!? 温泉卵は!? 浴衣の美女は!?)
俺の脳裏を、故郷の温泉地の記憶が駆け巡る。
サウナとは違う、どこまでも優しく、体を芯から温めてくれる、あの至福の湯……。
俺の葛藤を読み取ったかのように、エリアスが追い打ちをかける。
「おや、ととのい奉行殿はご興味がないようですな。いやはや、残念。この温泉郷、サウナとはまた違う、極上の“ととのい”が待っていると評判なのですが……」
「…………ごほん」
俺は、わざとらしく一つ咳払いをすると、毅然とした態度で立ち上がった。
「……むろん、サウナは我慢比べなどという、野蛮な行為ではない。だが、己の限界を知り、その先にある境地を目指す“修練”としてならば、話は別だ。よって、この大会の開催を、ととのい奉行として正式に許可する! なお、参加者の安全を確保するため、私が審判兼選手として、その身を以て監督不行き届きのないように努めるものとする!」
その見事なまでの手のひら返しに、アリー以外の全員が、呆れたような、しかし「やっぱりな」と言いたげな生暖かい視線を俺に向けていた。
こうして、俺の(不純な)動機により、「第一回・王都サウナ我慢比べ大会」の開催が決定した。
噂を聞きつけた騎士団長レオンハルトも、「ふん、騎士の忍耐力、見せてくれよう」と、静かに闘志を燃やして参戦を表明。
村からは、ゲルド、バルタといった体力自慢の猛者たちが腕をぶしている。
そして、丘の上の『隠れ家』からは、“初代王都サウナー”ドノバンが、静かなる王者の風格を漂わせて殴り込みをかける。
役者は、揃った。
サウナの神聖な教えと、温泉への尽きせぬ欲望。
二つの想いを胸に抱き、俺は来るべき決戦の日を待つことにした。




