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サウナー、もうひとつの聖地でととのう

王都に「ととのい奉行所」が誕生し、俺たちの活動の拠点は、完全にそちらへと移っていた。

最新の設備、豊富な資材、そして王家のお墨付き。奉行所は、連日多くの人々で賑わい、まさに王都の新しい中心地となっていた。


その一方で、俺の心にはずっと、一つの気がかりがあった。

全ての始まりの場所――丘の上の、あの古い教会サ-ウナのことだ。

ある日の午後、俺は一人、懐かしい丘への道を登った。

奉行所の喧騒が嘘のように、そこには静かで、穏やかな時間が流れている。

教会の扉を開けると、真新しい木の香りと共に、懐かしい熱気が俺を迎えた。

中では、俺が育てた初代王都サウナーである、工事現場の親方ドノバンが、黙々とストーブの火の番をしていた。


「……よう、奉行様。こんな寂れた場所まで、どういったご用ですかい」


ドノバンは、ぶっきらぼうに、しかしどこか嬉しそうに言った。


「寂れた、なんて言うなよ。ここは俺たちの原点だろ」


俺は、村から持ってきた移動式の骨組みと、簡素な木のベンチを見渡した。

奉行所の豪華絢爛な設備と比べれば、あまりにも素朴で、小さい。


「……客は、来てるのか?」


俺の問いに、ドノバンはニヤリと笑った。


「へっ、見ての通り、物好きしか来やせんよ」


見れば、サウナ室の中には、数人の労働者たちが、静かに汗を流していた。

彼らは、奉行所ができた後も、変わらずこの場所を選んで通い続けてくれている常連たちだった。


「奉行所は、どうにもきらびやかすぎて落ち着かなくてな」


一人の男が、汗を拭いながら言った。


「俺たちみてえな汗水たらして働く人間には、この薄暗くて、狭いくらいの方が、どうにも性に合ってるんだ」

「ああ。それに、ここの熱は、なんだかサウナーさんの熱に一番近い気がしてな」


別の男が、ストーブの炎を見つめながら呟いた。

彼らにとって、ここはただのサウナじゃない。

都会の喧騒の中で、初めて本当の癒やしを知った、かけがえのない“隠れ家”なのだ。

俺は、ドノバンたちと共に汗を流した。

村から持ってきた小さなストーブ、手作りのベンチ。

設備は古く、不便なことも多い。だが、ここには、あの頃の俺たちの情熱と、手作りの温もりが確かに息づいていた。

サウナから上がり、教会の庭で外気浴をする。

簡素な木の椅子に腰掛け、空を見上げる。

眼下に広がる王都の景色はない。ただ、静かな風と、鳥の声があるだけだ。

だが、その素朴さが、今の俺にはたまらなく心地よかった。


「……やっぱり、いいサウナだな、ここは」


俺が呟くと、隣に座っていたドノバンが、照れくさそうに頭を掻いた。


「へへっ、でしょ? 俺たちも、奉行殿に負けねえように、毎日魂込めてこの場所を守ってるんでさ」


その時、教会の扉がぎぃ、と音を立てて開いた。

入ってきたのは、騎士団長のレオンハルトだった。

彼は、俺とドノバンを見ると、静かに頷き、黙ってサウナ室の中へと消えていった。


「……団長さんも、時々こうして一人で来られるんです」


ドノバンが、小声で教えてくれた。


「奉行所じゃ、どうしても“騎士団長”でなきゃならんが、ここではただの“サウナ好きの男”に戻れる、とよ」


その日の夜。

俺は、エリアスとセイルに、一つの提案をした。 


「丘の上の教会サウナを、このまま残したい。奉行所とは違う、もう一つの聖地として」


エリアスは、最初「採算が…」と眉をひそめたが、俺の真剣な目に、やがて頷いた。


「……分かりました。あそこは、我々の“原点”の物語を伝える場所。ブランド価値を高める上でも、重要かもしれませんな」


商売人らしい理屈をつけてはいたが、彼もまた、あの場所の価値を理解してくれていた。

セイルは、静かに言った。


「賛成だ。奉行所のサウナが、多くの人々を癒やす“公の医療”だとするなら、あの場所は、一人一人の心に寄り添う“個の診療所”となるだろう。役割が違う」


こうして、丘の上の教会サウナは、『ととのい奉行所・隠れ家』として、正式に存続することが決まった。

派手さはないが、温かい。

多くは語らないが、全てを受け入れてくれる。

王都には、二つの聖地が生まれた。

それは、俺がこの世界に来てから歩んできた道のり、そのものを象徴しているようだった。

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