サウナー、洗濯地獄に挑む
王都「ととのい奉行所」のグランドオープンから、数週間が経った。
その人気は衰えるどころか、日を追うごとに増すばかり。
この成功は、俺たちだけでなく、新しく生まれた“仲間”たちのおかげでもあった。
「ととのい奉行所」は、王都での大規模な雇用を生み出したのだ。
俺は、エリアスの助言を受け、働き口に困っていた労働者街の男女を「奉行所職員」として正式に雇用した。
掃除係、薪運び係、そして、最も過酷な部署――洗濯係だ。
その日俺は、奉行所の裏手に新設された洗濯棟のあまりの静けさに、首をかしげた。
中を覗くと、職員のリーダーに任命した、快活な女性リナをはじめ、数人の従業員たちが、まるで魂が抜けたように床に座り込んでいた。
彼女たちの周りには、客が使った後の、湿ったタオルやサウナマットが、文字通り絶望的な山を築いている。
「……どうしたんだ、みんな」
俺の声に、リナがゆっくりと顔を上げた。その目には、深い疲労の色が浮かんでいる。
「……ととのい奉行様。申し訳ありません。もう……腕が、一本も上がりませんのです」
見れば、彼女たちの腕は赤く腫れ上がり、指先はふやけている。
毎日、日の出から日没まで、交代で川へ向かい、この天文学的な量の洗濯物を手洗いしているのだ。
「奉行様が私たちに仕事を与えてくださったこと、心から感謝しています。ですが……! このままでは、私たちの体が先に壊れてしまいます!」
リナの悲痛な訴えに、俺の胸は締め付けられた。
俺は経営者として、失格だった。
最高の癒やしを提供する場所が、その裏側で働く者たちを地獄の苦しみに突き落としていたなんて。
俺は、この「洗濯地獄」を解決すべく、ゲルド、ドルガン、ボルツ、マグナスといった、村と王都の天才職人たちを緊急招集した。
「……なんだ、洗濯ごときで大騒ぎしおって」
ドルガンが、呆れたように鼻を鳴らす。
「ごとき、じゃないんだ! これは、俺が雇った大切な職員たちの命と健康に関わる、奉行所の最重要課題なんだ!」
俺は、地面に木の枝で、故郷の記憶にある「洗濯機」の概念図を描いた。
「巨大な桶を、人力でグルグルと回転させるんだ! 水と遠心力の力で、汚れを叩き出す!」
その奇妙な図に、職人たちの目の色が変わった。
「ほう、水車みてえなもんか?」
「いや、もっと複雑な歯車の組み合わせで、より高速な回転を生み出すべきだ!」
「そもそも、そんなもん作ったことがねえ!」
職人たちの議論が紛糾する、その時だった。
「ええい! こうなったら!」
議論の輪から外れ、どうすればこの重労働を伝えられるか悩んでいたアリーが、やけくそになったように叫んだ。
彼女は、近くにあった空の大きな樽に、水を吸って鉛のように重くなったサウナマットを放り込むと、自らも中に飛び込み、足で布を踏みつけ始めたのだ。
「アリー!? 何をやってる!」
「こうすれば、この大変さが分かるかと! えい! えい!」
だが、濡れた布の上でバランスを崩したアリーは、見事に足を滑らせた。
「ひゃあっ!?」
ぐるん!
樽の中で一回転したアリーは、そのまま勢い余って、樽の内壁を駆け上がるようにして、中でぐるぐると回り始めた!
「きゃああああ! 目が! 目が回りますぅぅぅぅ!」
その光景に、職人たちは一瞬呆気にとられたが、俺だけが目を見開いていた。
「……それだ」
「「「え?」」」
「アリーが回るんじゃない! 樽が回ればいいんだ!」
俺のひらめき――いや、またしてもアリーの捨て身の行動に、職人たちの目に光が宿った。
目標は一つ、「自動で回転する巨大な洗濯樽」の開発だ。
ゲルドとマグナスが、水漏れしない完璧な木の樽を組み上げる。
ドルガンとボルツは、その樽を滑らかに、そして力強く回転させるための、頑丈な鉄の軸と、巨大な手回しハンドルを鍛え上げた。
それは、村と王都の技術が融合した、この世界で初めての「人力回転式洗濯機」だった。
完成したその日の午後。
俺たちは、リナたち洗濯係の職員を呼んだ。
そして、目の前で、山のようなタオルを洗濯機に詰め込む。
力自慢のドノバンとゴランが、ハンドルを握る。
「「うおおおおおっ!!」」
二人の雄叫びと共に、巨大な樽がゴウンゴウンと音を立てて回り始める。
しばらくして回転を止め、おそるおそる蓋を開けると……。
中からは、湯気と共に、驚くほどきれいに洗い上がったタオルが現れた!
「「「おおおおおおおぉぉぉ!!」」」
その場にいた全員から、歓声が上がる。
リナと職員たちは、信じられないという顔で、まだ温かいタオルに触れた。
「……すごい……あんなに苦労したのに、一瞬で……」
リナの目から、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「奉行様……ありがとうございます! これで、私たちは、誇りを持って仕事を続けられます……!」
アリーが、そんなリナの手を握って、自分のことのように喜んでいる。
俺は、職員たちの心からの笑顔を見て、経営者としての責任の重さと、その喜びを、初めて噛み締めていた。
王都のサウナは、その裏側までもが、少しずつ“ととのい”始めたのだった。




