サウナー、笑顔を胸に刻む
グランドオープンの日。
王都の空は、雲一つなく晴れ渡っていた。
新しい時代の幕開けを祝福するかのように、丘の上にそびえ立つ建物の前には、黒山の人だかりができていた。
貴族も、平民も、騎士も、商人も、誰もが歴史的な瞬間に立ち会おうと、今か今かと開門を待っている。
やがて、ファンファーレと共に、王と、その隣に立つ俺が、民の前に姿を現した。
その後ろには、アリー、セイル、エリアス、そしてこの日のために村から駆けつけてくれた村長や、ゲルド、ドルガン、バルタたちの誇らしげな顔があった。
王は、高らかに宣言した。
「皆の者、よく聞くがよい! 本日、この王都に、全ての民のための癒やしの聖地が誕生する! 建設にあたった全ての者に感謝する!」
王が俺の肩を叩き、民に向かって続ける。
「そして、この聖地を任せるにあたり、ワシはサウナーに『ととのい奉行』の役職を与えた! この国の民の“ととのい”を司る、重要な役目である!」
どっと、民衆が沸く。
俺は「奉行…」と、その重すぎる響きに冷や汗をかいた。
王は、満足げに頷くと、いたずらっぽく笑って続けた。
「そして、奉行がその務めを果たす場所。それを何と呼ぶか、皆知っておろう」
王は一呼吸おいて、高らかに言い放った。
「本日より、この館の名を――『ととのい奉行所』とする!」
『――ととのい、ぶぎょうしょ……?』
一瞬、広場は水を打ったように静まり返った。
誰もが、そのあまりに武骨で、お役所然とした名前に、どう反応していいか分からずにいる。
(ぶ、奉行所ぉぉぉぉ!? 癒やしの聖地が、お役所になっちまったぁぁぁっ!)
俺が内心で絶叫した、その時だった。
誰かが、ぷっと吹き出した。
それを皮切りに、広場は割れんばかりの大爆笑に包まれた。
「はっはっは! 奉行所だと!」「こりゃ傑作だ!」「俺たち、お奉行様にととのえられに行くのか!」
民衆の陽気な笑い声に、王は満足げに頷いた。
「うむ! 皆、心して“奉行所”に通うように! ととのい奉行よ、開門の儀を!」
俺は、まだ役所の看板が目にちらつきながらも、覚悟を決めた。
アリーが掲げる記念の柄杓を受け取り、入口に置かれた小さなサウナストーンに、アロマウォーターをかける。
ジュワァァァッ……!
立ち上った蒸気と香りが、ととのい奉行所の開所を告げる狼煙となった。
ゲルドとマグナスが、二人がかりで巨大な扉を開け放つと、人々は「奉行所へ行こう!」「おととのいだ!」と歓声を上げながら、新しい聖地へと足を踏み入れていく。
その日の「ととのい奉行所」は、一日中、人々の幸せな笑顔と、驚きの声、そして至福のため息で満ち溢れていた。
大浴場の薬湯に感動する老婆。
ドライサウナの熱波に雄叫びを上げる若者たち。
二つの水風呂で、新たなる自分に目覚める騎士たち。
そして、屋上の『天空の庭』では、身分も職業も違う人々が、同じ椅子に座り、同じ空を見上げ、同じように穏やかな顔で“ととのって”いた。
俺が夢見た、最高の光景がそこにはあった。
夜も更け、祭りのような喧騒が少しだけ落ち着いた頃、俺は一人、天空の庭の隅から、眼下に広がる王都の夜景を眺めていた。
「……見事な眺めじゃのう、奉行殿」
不意に声をかけられ振り返ると、村長が穏やかな顔で隣に立っていた。
「村長……からかわないでくださいよ」
「はっはっは。だが、最高の響きじゃ。お主は、ただの蒸し風呂を作ったのではない。この冷たい石の都に、わしらの村の“温かさ”そのものを、作ってくれたんじゃな」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
俺がこの世界に来て、始めたこと。
それは、ただのサウナ作りだった。
だが、いつの間にかそれは、人の心を繋ぎ、文化を作り、この国の未来を、少しだけ温かいものに変えようとしていた。
「師匠!」
アリーが、最高の笑顔で駆けてくる。
「すごいです! みんな、『奉行所は最高だ』って言ってます!」
「……そうか」
俺は、そんなアリーの頭を優しく撫でた。
王都にととのいの鐘は鳴らされた。
ととのい奉行としての俺の仕事は、まだまだ山積みだ。
(……まあ、奉行所だろうが聖地だろうが、やることは変わらねえか)
俺は、眼下に広がる美しい夜景と、隣で笑う仲間たちの顔を、胸に深く刻み込むのだった。




