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サウナー、天の試練に立ち向かう

大浴場の湯沸かし器――通称『爆熱水竜スチームドラゴン』の試運転は、村と王都の職人たちの間に、奇妙な一体感を生み出した。

ずぶ濡れになりながらも腹を抱えて笑い合った彼らの絆は、もはやただの仕事仲間ではなかった。


「よし、みんな! 次は、この館の“陰陽”を司る、二つの泉を作るぞ!」


俺は、活気に満ちた職人たちを前に、最後の水回りとなる設計図を広げた。


「一つは、アリーが掘り当てた奇跡の冷鉱泉を利用した、魂まで凍てつく『強者の水風呂ストロング・バス』!」

「もう一つは、川の穏やかな流れを引き込んだ、体に優しい『賢者の水風呂マイルド・バス』だ!」


その構想に、職人たちの目が再び輝いた。


「へっ、面白え。つまり、俺たちみてえなタフな職人は『強者』、ひ弱な都会のもやしっ子どもは『賢者』ってわけだな!」


村の大工ゲルドが、王都の棟梁マグナスを挑発するようにニヤリと笑う。


「何を言うか、田舎大工め。本当の強者とは、力任せではなく、知性で水を制する者のことだ。我ら王都の技で、芸術品のような『賢者』の泉を作ってやろうではないか」


マグナスも、負けじとエレガントに言い返した。

こうして、なぜか水風呂作りは「村チーム vs 王都チーム」の威信をかけた対決へと発展してしまった。

村チームは、自然の岩をダイナミックに組み合わせた、野趣あふれる『強者の水風呂』作りを。

王都チームは、寸分の狂いもない美しいタイルを張り巡らせた、洗練された『賢者の水風呂』作りを、それぞれ担当することになった。

建設は、互いの技術を盗み見し、ヤジを飛ばし合う、奇妙な熱気に包まれて進んだ。


「おい、王都のもやしっ子! そんな小さいタイルをちまちま並べて、日が暮れちまうぞ!」

「黙れ、田舎者! 貴様らの石積みは、まるで猪の寝床だな!」


だが、その口とは裏腹に、彼らは互いの仕事を認め合っていた。

夜になれば、同じ焚き火を囲んでサドリを酌み交わし、明日はどうやって相手を出し抜いてやろうかと、子供のように笑い合う。

最高のサウナを作るという、一つの目標が、彼らを最高のライバルであり、最高の仲間にしてくれていた。

そして、二つの美しい水風呂が、完成間近となった、その日の午後だった。


ゴロゴロゴロ……!!


それまで晴れ渡っていた空が、にわかに黒い雲に覆われ、今まで聞いたこともないような雷鳴が轟いた。

次の瞬間、バケツをひっくり返したような、凄まじい豪雨が建設現場を襲った。


「うわあああっ! なんだこの雨は!?」

「季節外れの嵐だ! いったん建物の中に避難しろ!」


職人たちが慌てて屋内に駆け込む。だが、俺は血の気が引くのを感じていた。

すぐ隣を流れる川が、みるみるうちに水位を増し、濁流となって牙を剥き始めている。


「……まずい! 川が溢れるぞ!」


俺の叫びと同時に、濁流がごうごうと音を立てて土手を乗り越え、建設現場になだれ込んできた!


「ああ! 作りかけの水風呂が!」

「基礎までやられるぞ!」


職人たちの悲鳴が上がる。

村の仲間と、王都の職人たちが、自分たちの仕事の成果を前に、ただ呆然と立ち尽くす。

これまで築き上げてきた全てが、自然の猛威の前に、無に帰そうとしていた。

その、絶望的な瞬間。


「――てやんでいっ!!」


最初に動いたのは、村の大工ゲルドだった。

彼は土砂にまみれながら、近くにあった土嚢を一つ掴むと、濁流の中に身を投じた。


「俺たちが汗水流して作った宝を、こんなただの雨水に壊されてたまるかよ!」


その雄叫びに、王都の棟梁マグナスが応える。 


「……全く、脳筋の田舎者はこれだから。だが……悪くない!」


マグナスもまた、ずぶ濡れになりながら土嚢を掴んだ。


「お前たち、何をしている! 俺たちの“作品”が泣いているぞ! 守り抜け!」


二人の棟梁の檄に、職人たちの目に再び火が灯った。

村も、王都も、もはや関係ない。

彼らは、自分たちの手で生み出した宝物を守るため、一つのチームとなった。

土嚢を積み、杭を打ち、水路を掘る。

雷鳴が轟き、豪雨が体を叩きつける中、誰もが泥だらけになりながら、必死に濁流と戦った。

それはもう、仕事ではなかった。

自分たちの魂の結晶を守るための、誇りをかけた戦いだった。


やがて、夜が明ける頃。

嵐は嘘のように過ぎ去り、朝日が、泥だらけの英雄たちを照らし出した。

建設現場は無残な姿だったが、職人たちが文字通り体を張って守り抜いた二つの水風呂は、奇跡のようにその美しい姿を保っていた。

ゲルドとマグナスは、泥まみれのまま、お互いの顔を見てニヤリと笑うと、力強くその手を握り合った。

彼らの間にあった小さなプライドの壁は、濁流と共に完全に洗い流されていた。


俺は、疲れ果てて座り込む仲間たちの姿を見渡した。

その顔は泥だらけだったが、これまで見たこともないほど、清々しく、そして誇りに満ちていた。

この試練は、俺たちのサウナに、技術だけでは決して作れない、最も大切なものを与えてくれた。

共に苦難を乗り越えた者だけが分かち合える、熱い絆という名の魂を。

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