サウナー、湯を沸かせ!
完璧なサウナ室が完成し、職人たちの間には達成感が満ちていた。
だが、俺は休む間もなく、次の設計図を広げる。
「聖なるサウナ室に入る前には、俗世の汚れを洗い流す必要がある。そこで、このサウナ棟の隣に、誰もが体を洗い清められる大浴場を建設する!」
「おお、でっかい風呂か!」
「そりゃあいい!」
村の仲間たちが単純に喜ぶ一方、王都の職人たちの反応は違った。
「待て、ととのい奉行殿」
棟梁のマグナスが、眉間に深いシワを刻む。
「これほどの大きさの湯船となると、問題はどうやって湯を沸かすかだ。サウナストーブのようにはいかんぞ」
その通り。サウナは“熱気”を作る場所。大浴場は“大量の湯”を作る場所。必要な技術が全く違うのだ。
「ならば、我ら鍛冶師の出番だな」
ドルガンと、王都のドワーフ親方ボルツが、腕を組んで前に出る。
俺は、頭の中にある現代のボイラーの知識を、必死にこの世界の言葉で説明した。
「巨大な鉄の釜で湯を沸かすんだが、ただ沸かすんじゃない。釜の中に、炎の通り道となる管を何本も通して、熱効率を極限まで高めるんだ! 冷たい水を飲み込んで、熱い湯を吐き出す、いわば“鉄の竜”だ!」
俺の熱弁に、二人の頑固な職人の魂が、異なる方向で燃え上がった。
「ふん、小細工は不要! 肝心なのは炎の力よ!」
ドルガンが、地面に巨大な釜の絵を描きなぐる。
「とにかくデカい炉で、山のような薪を燃やす! 力こそが正義だ!」
その設計思想は、もはや湯沸かし器というより火山だ。
「馬鹿を言え、田舎鍛冶が!」
ボルツが、ドルガンの絵を足でかき消す。
「重要なのは効率だ! 炎の熱を余すことなく水に伝える、緻密な管の配置こそが全て! 熱の通り道は、迷宮のように複雑であるべきだ!」
彼が描いた図は、もはや湯沸かし器というより、金属製のタコのようだった。
「なんだと!」「なんだ!」
「「このど素人が!!」」
二人の伝説級職人が、子供のように掴み合いの喧嘩を始めてしまった。
「あわわわ……! 師匠、お父さんたちが!」
アリーがオロオロする。周りの職人たちも、遠巻きに「やめとけ、死ぬぞ」「いや、もっとやれ」と無責任なヤジを飛ばしている。
(……ダメだこりゃ。収拾がつかん)
俺が頭を抱えた、まさにその時だった。
「師匠! お茶が入りましたー!」
気を利かせたつもりであろうアリーが、お盆に湯気の立つカップを乗せて、こちらへ走ってくる。
そして、お約束のように、地面に転がっていた石につまずいた。
「ひゃあっ!?」
カッシャーン!
お盆が宙を舞い、熱いお茶が、喧嘩していたドルガンたちのすぐ横にあった、試作品の鉄板に降り注いだ。
シュコォォォォォォォッッ!!!
熱い鉄板の上で、お茶が一瞬にして蒸気と化し、ものすごい音を立てて立ち上る。
その光景に、喧-嘩していた二人も、俺も、ピタリと動きを止めた。
「……これだ」
俺は、天啓を得たように呟いた。
「湯を沸かすんじゃない……湯に、“蒸気”を直接叩き込むんだ!」
俺のひらめき――アリーのドジのおかげ――で、湯沸かし器の設計思想は完全に変わった。
巨大な釜で湯を沸かすのではなく、比較的小さな釜で超高温の「蒸気」を作り出す。
そして、その蒸気を、湯船の底に設置したパイプから直接噴射して、巨大な湯船全体を温めるのだ。
「蒸気噴射式」という、この世界にはまだ存在しない、画期的なシステムだった。
「なるほど……! 湯ではなく蒸気か!」「それなら、釜は小さくても、凄まじい熱量を生み出せる!」「おもしれえ!」
共通の目標を見つけたドルガンとボルツは、先ほどの喧嘩が嘘のように、目を輝かせて肩を組んだ。
二人の天才職人が本気を出し、ゲルドとマグナスがそれを支え、エリアスが最高の資材を運び込む。
村と王都の技術の結晶である、巨大な「蒸気の心臓」は、驚くべき速さで形になっていった。
完成した湯沸かし器は、ドルガンの力強い炉と、ボルツの緻密な配管が融合した、まさに“鉄の竜”と呼ぶにふさわしい威容を誇っていた。
俺は、この歴史的発明のきっかけを作ったアリーに、最初のバルブを開ける役目を命じた。
「アリー、ゆっくりだぞ。ゆっくり回せよ」
「はい! 師匠!」
アリーはピカピカのハンドルを握りしめ、ゆっくり、ゆっくりと回し始める。
やがて、湯船の底から、コポコポと優しい泡が立ち上り始めた。
「おお……! 湯が……温かくなっていく……!」
村人たちから歓声が上がる。
「やりました、師匠!」
アリーが振り返り、満面の笑みを浮かべた、その瞬間。
グリンッ!
彼女の力が緩んだのか、それとも喜びで力が入りすぎたのか、ハンドルが勢いよく全開まで回ってしまった!
ブシュオオオオオオオオオオオオッッ!!!
湯船の底から、水竜が目覚めたかのような轟音と共に、凄まじい勢いの蒸気が噴き上がった!
湯船の水は一瞬にして沸騰し、巨大な水しぶきと湯気が、天井まで吹き上がる。
「「「ぎゃあああああああああ!!」」」
その場にいた全員が、熱湯と蒸気のシャワーを浴びて、ずぶ濡れになりながら逃げ惑う。
やがて蒸気が収まった後。
そこには、腰を抜かして座り込むアリーと、びしょ濡れで呆然と立ち尽くす職人たちの姿があった。
俺は、頭から滴る湯のしずくを拭いながら、震えるアリーの肩をポンと叩いた。
「……アリー」
「は、はいぃぃ……! ごめんなさいぃぃ……!」
「……まあ、威力は十分すぎるほど分かった。……最高の湯沸かし器だ」
俺の言葉に、びしょ濡れの職人たちが、やがて誰からともなく、腹を抱えて笑い出した。
その笑い声は、やがて大合唱となり、新しい湯殿にいつまでも響き渡るのだった。




