サウナー、サ室に玉座を築く
王都のサウナに、黒竜のような薪ストーブが鎮座した。
黄金のサウナウッドで囲まれた神聖な空間に、ついに命の火を灯す心臓が据え付けられたのだ。
だが、その熱を受け止め、人々に癒やしを授けるための“玉座”が、まだ存在しなかった。
「よし、みんな!」
俺は、誇らしげな顔をした職人たちを見渡し、次の段階を宣言した。
「次は、このサウナ室の最後の仕上げだ! 王都最高の、サウナベンチを作るぞ!」
設計図を広げた俺の周りに、村の大工ゲルドと、王都の棟梁マグナスが真剣な顔で集まる。
俺は、村のサウナでも採用した「三段ベンチ」の重要性を、改めて王都の職人たちに説いた。
「基本は三段だ。熱さに慣れぬ者、じっくりと汗をかきたい者、そして灼熱の蒸気を求める者。全ての人間を平等に受け入れるための階層だ」
「なるほどな」
ゲルドが、ごつい腕を組んで頷く。
「村のサウナと同じだな。だが、これだけの広さだ。大勢の男たちが乗ってもびくともしねえよう、土台の組み方から考え直さねえとならんな。木の根っこのように、頑丈で、どっしりとした安心感がいる」
「それだけでは足りん」
マグナスが、ゲルドの言葉を引き継ぐ。
「ここは王都だ。ただ頑丈なだけでは三流の仕事。座る者の肌に触れる場所に、釘の頭一つ見せてはならん。木と木を組み合わせる“継手”の技術で、どこまでも滑らかで、美しい曲線を作り上げるべきだ」
村の“剛”の技と、王都の“巧”の技。
二人の棟梁のプライドが、最高の形で融合しようとしていた。
俺は、サウナーとして、そしてこのプロジェクトの総責任者として、最後の、しかし最も重要な注文をつけた。
「そして、座面に使う木材だ。壁の黄金の木とは違う、特別な木が必要だ。硬すぎず、肌触りがよく、そして、熱を吸い込みすぎない……」
「……それならば」
議論を聞いていたセイルが、静かに口を開いた。
「南方の霧深い湖のほとりにのみ自生する、『月白樹』という木がある。月の光を浴びて育つと伝えられ、その木肌は驚くほど滑らかで、熱を穏やかに伝える性質を持つ。最高のベンチを作るには、これ以上ない素材だろう」
エリアスの目がキラリと光る。
「『月白樹』ですな! 吟遊詩人が歌に詠むほどの希少な木材ですが、私の手配ですぐに王都へ運び込ませましょう!」
数日後。
エリアスが手配した、最高級の『月白樹』の木材が現場に運び込まれた。
その木肌は、月の光を閉じ込めたかのように、青みがかった美しい白色をしていた。
ゲルドとマグナスは、まるで兄弟のように息の合った連携で、ベンチの製作に取り掛かる。
マグナスの弟子たちが、彼の精密な指示で木材を切り出し、寸分の狂いもなく磨き上げていく。
それを、ゲルドが村で培った経験と勘で、力強く、しかし繊細に組み上げていくのだ。
釘を使わない“木組み”の技で、木と木が吸付くように組み合わさっていく。
アリーと父のドルガンも、今回の仕事に名乗りを上げていた。
彼らは、ベンチの強度を内側から支えるための、特殊な「木製の楔」を、鉄を鍛える技術を応用して作り上げていた。
俺は、完成していくベンチの表面を、何度も、何度も自分の手のひらで撫でた。
ささくれ一つないか。角は滑らかに丸められているか。人が心からリラックスするために、一切の妥協は許されない。
そして、ついにその時が来た。
サウナ室の広大な空間に、三段に連なる、美しい白木のベンチが組み上がった。
それはもう、ただの椅子ではない。
黄金の壁に抱かれた、まるで神殿の祭壇か、劇場の大階段のような、荘厳さと優しさを兼ね備えた芸術品だった。
作業を終えた職人たちが、サウナ室に集まってくる。
誰もが、自分たちの手で作り上げたその光景に、言葉を失っていた。
王都の棟梁マグナスが、完成したベンチにそっと触れた。
「……これまで、貴族の屋敷の家具も、教会の祭壇も作ってきた。だが……これほどまでに、使う人間の“魂”のことを考えてものを作ったのは、初めてかもしれん」
その声は、感動に震えていた。
俺は、一番下の段にゆっくりと腰を下ろした。
まだ火も入っていないのに、木の温もりと、職人たちの想いが、じんわりと体に伝わってくるようだった。
「……できたな」
俺の呟きに、アリーが隣でこくこくと頷く。
彼女の目にも、うっすらと涙が浮かんでいた。
ストーブ、壁、そしてベンチ。
サウナ室の内部は、今、完璧に完成した。
この場所に、あとは最高の水風呂と外気浴スペースがあれば、俺たちの理想は現実になる。
「みんな、最高の仕事だ。ありがとう」
俺は立ち上がり、誇らしい顔をした仲間たちを見渡した。
「聖域は、完成した。次は、この聖域にふさわしい“天上の泉”を作るぞ!」
俺は、建物の外を指差した。
「――この国で一番冷たくて清らかな、最高の水風呂作りだ!」
俺の宣言に、職人たちの「おおおーっ!」という雄叫びが、完成したばかりの聖地に高らかに響き渡った。




