サウナー、王都の心臓を鍛える
黄金のサウナウッドで囲まれた、真新しいサウナ室。
その空間は、ただそこにいるだけで心が落ち着くような、甘い木の香りと静寂に満ちていた。
だが、その広大な部屋の中心は、まだがらんどうだ。この聖域に、命の火を灯す“心臓”がまだない。
俺は、村から駆けつけてくれた鍛冶屋のドルガンと、王都ギルドが誇る金属加工の親方――屈強なドワーフのボルツを前に、宣言した。
「二人とも、最高の“体”ができた。次は、この館に魂を吹き込む、最高の“心臓”を作るぞ!」
その言葉に、二人の伝説級職人の目が、炉の炎のようにギラリと輝いた。
王都の鍛冶場に、俺とアリー、そして二人の職人が集まる。
俺は地面に木炭で、村のストーブを遥かに凌駕する、新しい薪ストーブの設計図を描き出した。
「基本的な構造は村のものと同じだ。だが、この巨大な空間を温め、小山のようなサウナストーンを芯まで熱し続けるには、圧倒的な火力と、熱を逃さない緻密さ、その両方が必要になる」
俺の説明に、二人の職人は、全く異なるアプローチで応えた。
「ふん、話は単純だ。要は熱量だろう」
ドルガンが、俺の設計図の横に、さらに巨大な炉の絵を描きなぐる。
「火室を倍の大きさにし、薪を山のようにくべる! 熱が足りなきゃ、熱量を上げればいい! シンプルこそが最強だ!」
その設計思想は、もはやストーブというより、城攻めの兵器に近い。
「愚かな。力任せの熱など、ただのエネルギーの無駄遣いだ」
ボルツが、長い髭を揺らしてドルガンの絵を一蹴する。
彼は、繊細なタッチで、迷路のように複雑な配管が内部を走るストーブを描いた。
「重要なのは“熱交換効率”。炎の熱を、この管を通して石の隅々まで巡らせ、一滴の熱も無駄にしない。これぞ技術というものだ」
その設計思想は、ストーブというより、錬金術師の実験装置のようだった。
「なんだと、ひげもじゃ! そんな線の細い管、俺の炎で一発で溶かし尽くしてやるわ!」
「黙れ、田舎鍛冶! 貴様のガラクタは、熱を半分も石に伝えられずに、煙と一緒に空に捨てるようなものだ!」
「「このど素人がぁっ!!」」
ついに、日ごろから反りの合わなかった二人の天才職人が、お互いの胸ぐらを掴んで一触即発の事態に。
周りの職人たちも「おいおい、ギルドの親方に逆らう気か」「村の英雄相手に無礼だぞ!」と騒ぎ始め、現場は収拾のつかない大混乱に陥った。
「あわわわ……! 師匠、お父さんたちが、ボルツさんと……!」
アリーがオロオロと俺の袖を引く。
(ダメだこりゃ……プライドの塊同士で、話が全く進まん……!)
俺が頭を抱えた、まさにその時だった。
「み、皆さん! 頭を冷やしてください!」
アリーが、二人の間に割って入ろうと、大きな水の入った桶を抱えて走ってきた。
そして、お約束のように、足元の工具にけつまずいた。
「ひゃあっ!?」
ザッシャーン!!
桶の水は、見事な放物線を描いて宙を舞い、二人の職人がそれぞれの理論を証明するために燃やしていた実験用の炉に、不公平なく降り注いだ!
ブワッ! とドルガンの単純な炉からは、制御不能なほどの水蒸気が一瞬だけ立ち上り、すぐに勢いを失った。
一方、ボルツの複雑な炉にかかった水は、ジュジュジュ…と細かい音を立て、配管のあちこちから、長く、じっくりと蒸気を噴き出し続けた。
その対照的な光景に、喧嘩していた二人も、俺も、ピタリと動きを止めた。
「……これだ」
俺は、天啓を得たように叫んだ。
「ドルガン、あんたの“力強い炎”は、最高の熱量を生み出す! ボルツさん、あんたの“緻密な配管”は、その熱を無駄なく石に伝える! 一つじゃダメなんだ! 二人の技術を、一つに融合させるんだよ!」
俺のひらめき――いや、アリーのドジに、二人の職人は目を見開いた。
お互いの炉から立ち上る蒸気を見比べ、そして、敵意の消えた目で、初めてお互いの顔を見た。
「……ふん。貴様の単純な炉、土台としては悪くないかもしれん」
「……へっ。お前のそのタコ足配管も、石を温めるのには、ちいとばかし役に立つかもな」
二人は照れくさそうに顔をそむけると、それぞれの得物を手に取った。
共通の、そしてあまりにも挑戦的な目標が、二人の天才職人のプライドに火をつけたのだ。
「師匠……! 私、またやっちゃいました……!」
顔を真っ赤にしてうなだれるアリーの頭を、俺は優しく撫でた。
「いいや。お前は最高の仕事をした。最高の心臓を作るための、最高の一撃だったぜ」
俺の言葉に、アリーはきょとんとした顔で、そして、ぱあっと太陽のように笑った。
こうして、村の経験と、王都の技術。
二つの魂が、一つの「最高のサウナストーブ」を生み出すために、今、初めて一つになった。
工房に、再び希望の火花が舞い始めた。




