サウナー、職人を集める
『ととのい奉行』の最初の仕事は、王都最高の職人を集めることだった。
俺は、エリアスの案内で、王都の職人ギルドが軒を連ねる地区へと向かった。
石工、木工、左官に、金属加工。
村の工房とは比べ物にならないほど大規模で、専門分化された工房が立ち並び、活気に満ちている。
だが、そこにいる職人たちの目は、どこか村の連中とは違っていた。
プライドは高いが、目はどこか疲れている。仕事に追われ、創造する喜びよりも、納期と金勘定に心をすり減らしているのが見て取れた。
「奉行殿、こちらが王都一の腕を持つ大工の棟梁、マグナス殿です」
エリアスに紹介されたのは、いかにも気難しそうな、顔に大きな傷を持つ男だった。
俺は、村で仲間たちと作り上げた『陽だまりのととのい処』の簡易な設計図を見せた。
「……こんな、見たこともない建物を俺たちに作れと?」
マグナスは、図面を鼻で笑った。
「前例のない仕事は高くつくぜ、奉行様よぉ。それに、こいつを仕上げるには、最低でも数年はかかるだろうな」
周りにいた職人たちも、「そうだそうだ」「そんな面倒な仕事、割に合わん」とせせら笑う。
(……こりゃあ、一筋縄じゃいかないな)
俺たちのサウナ作りは、開始前から暗礁に乗り上げようとしていた。
その夜、宿屋に戻った俺は、村から呼び寄せた最高の仲間たちと頭を突き合わせていた。
俺の要請に応え、大工のゲルドと鍛冶屋のドルガンが、それぞれの愛用の道具を手に王都まで駆けつけてくれたのだ。
「なんだい、サウナー。都会の職人様は、そんなに偉そうなのかい?」
ゲルドが、不満げにサドリを呷る。
「プライドだけが高くて、肝心の“魂”が抜け落ちてるみてえだな」
ドルガンも、腕を組んで唸った。
俺は、二人の顔を見渡した。
彼らの手は、土と汗と、ものづくりの喜びで輝いている。
そうだ。俺には、最高の仲間がいるじゃないか。
「……二人とも、頼みがある。あいつらに、俺たちの“やり方”を見せてやってくれ」
翌日、王から与えられた建設予定地に、俺は王都の職人たちを全員集めた。
そこは、王城からもほど近い、広大な空き地だった。
「今日から、ここで基礎工事を始める!」
俺の宣言に、王都の職人たちは「奉行様が自ら土いじりかよ」「どうせすぐに音を上げるさ」と、まだ高みの見物を決め込んでいる。
だが、次の瞬間、彼らは自分たちの目を疑うことになる。
俺の合図と共に、ゲルド、ドルガン、そしてサウナー育成講座一期生のドノバンたちが、とんでもない勢いで作業を開始したのだ。
ゲルドは、無駄のない動きで測量を行い、あっという間に土地を区画していく。
ドルガンは、その場で簡易的な炉を作り、杭の先端を焼き固め始めた。
そして、ドノバン率いる労働者たちは、驚異的なチームワークで、みるみるうちに地面を掘り進めていく。
彼らの動きには、一切の無駄も、ためらいもない。あるのは、最高のサウナを作るという、ただ一つの目的に向かう、純粋な喜びだけだ。
「……な、なんだ、あいつら……」
王都の職人たちが、呆然と呟く。
昼時になると、アリーとセイルが、特製のサドリとサウナパンを差し入れた。
汗だくになった村の仲間たちは、車座になってそれを頬張り、楽しげに笑い合っている。
「うめえ! やっぱり汗をかいた後のサドリは最高だな!」
「ゲルドさん、午後からは石運び、俺たちも手伝いますぜ!」
その光景に、王都の職人たちは完全に言葉を失っていた。
彼らの仕事場にはない、圧倒的な一体感と、楽しそうな笑顔。
金のためじゃない。ただ、良いものを作りたいという純粋な情熱が、そこにはあった。
やがて、棟梁のマグナスが、ゆっくりと俺の前にやってきた。
その顔にはもう、傲慢な笑みはない。
「……ととのい奉行殿」
彼は、深く、深く頭を下げた。
「……俺たちは、いつの間にか忘れていたようだ。ものづくりの、本当の楽しさを」
そして、顔を上げると、職人の目で力強く言った。
「……どうか、俺たちにも、あんたたちの“祭り”に参加させてはくれまいか」
その言葉を皮切りに、王都の職人たちが、次々と道具を手に立ち上がった。
「おうよ!」「腕が鳴るぜ!」
俺は、その光景に、胸が熱くなるのを感じていた。
村で生まれた小さなサウナの輪が、今、この王都の、気難しい職人たちの心をも一つに繋ごうとしている。
「……ああ、もちろんだ!」
俺は、マグナスのでかい手を、力強く握り返した。
「最高のサウナを作るんだ。最高の仲間が多いに越したことはない!」
村の職人と、王都の職人。
二つの異なる魂が融合し、この国で誰も見たことのない、最高のサウナ建設プロジェクトが、今、本当の意味でその幕を開けたのだった。




