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サウナー、王をととのえる

丘の上の教会サウナに「身分平等」のルールが生まれてから、そこは王都で最も不思議な社交場となっていた。


昨日まで睨み合っていた敵対派閥の貴族が、サウナ室の薄暗がりの中では隣り合って静かに汗を流し、水風呂の冷たさに共に悶絶し、外気浴のベンチでは「いやはや、たまらんですな」「うむ」などと、穏やかに言葉を交わす。

熱と蒸気は、人の心から鎧を剥ぎ取ってしまうらしい。

その光景を眺めながら、俺は自分のサウナが持つ力の、新たな側面に気づき始めていた。


そんなある日のことだった。

サウナの営業が始まろうかという昼下がり、教会の前に一台の、これまで見たこともないほど豪華で、そして荘厳な馬車が静かに停まった。

馬車から降りてきたのは、王家の紋章を刺繍した見事な礼服をまとった、白髪の使者だった。

サウナの前で談笑していた労働者も貴族も、その場の全員が、凍り付いたように動きを止め、息をのむ。

使者は、まっすぐに俺の前まで歩いてくると、巻物を広げ、朗々と読み上げた。


「サウナーと称する者に、王命である。その奇跡の癒やし、我が身で確かめるべく、今宵、そなたの館を訪れる。最高の準備を以て、余を迎えよ」


『王命』

その一言に、その場にいた全員が、身分の隔てなく、反射的に膝をついた。

俺と、隣にいたアリーだけが、何が起きたのか理解できず、呆然と立ち尽くしている。


「し、師匠……王様が……来るんですか……?」

「……みたい、だな……」


俺たちのサウナの噂は、ついにこの国の頂点、王の耳にまで届いてしまったのだ。

その日の午後は、まさに蜂の巣をつついたような騒ぎだった。

エリアスは「まさか、国王陛下ご自身が来られるとは……! これは商機を通り越して、我が一族の誉れ……! いや、下手をすれば……!」と、興奮と恐怖で顔を青くしたり赤くしたりしている。

アリーは「王様にロウリュ……! 王様にアウフグース……!」と、緊張で完全に上の空だ。


「落ち着け、みんな!」


俺は声を張り上げた。


「相手が王様だろうと、やることは同じだ。最高のサウナで、最高にととのってもらう。ただ、それだけだ!」


俺の言葉に、仲間たちの目に少しだけ光が戻る。

俺たちは、王を迎えるべく、これまでで最高の準備を始めた。

最高の薪を選び、ストーブを完璧に磨き上げる。水風呂の水は何度も入れ替え、清め、セイルは王のために、心を鎮める最高級の薬草を調合した。


やがて、日が落ちる頃。

教会への道は、レオンハルト率いる騎士団によって完全に封鎖された。

そして、厳かな雰囲気の中、王の馬車が静かに丘を登ってくる。

馬車から現れた王は、豪華な装飾の衣をまとってはいるものの、その顔には深い疲労と、長年国を背負ってきた者の、重い心労が刻まれていた。

その目は、俺たちのサウナを、どこか値踏みするように、そして、藁にもすがるように見つめていた。


「……そなたが、サウナーか」

「は。お初にお目にかかります、陛下」

「レオンハルトが、殊の外お主のことを褒めておった。この国の誰よりも凝り固まったあやつを癒やしたその腕、余にも見せてみよ」


王は、ただ一人、サウナ室へと入った。

護衛の騎士たちは、固い表情で扉の外を守っている。

俺は、王と二人きりのサウナ室で、静かにストーブの前に立った。

王は、最上段に座る体力はないのか、二段目に静かに腰を下ろした。

俺は、口上も、パフォーマンスも、すべてを削ぎ落とした。

ただ、無心で、最高の熱を生み出すことだけに集中する。


シュワァァ……


一度、二度、三度。

間隔を置いて、丁寧に、祈るようにロウリュを繰り返す。

熱と蒸気が、ゆっくりと、しかし確実に、王の体を芯から温めていく。

長年の政務で凝り固まった肩、民を思う心労で張り詰めた背中。

それらが、汗と共に、少しずつ、少しずつ、溶けていくのが分かった。

やがて、王の口から、か細い、しかし安堵に満ちたため息が漏れた。


「……温かい……。ただ、温かいのう……」


水風呂と、外気浴を終えた後。

王は、簡素な木の椅子に深く身を預け、静かに夜空を見上げていた。

その目には、涙が浮かんでいた。 


「……余は、生まれてこの方、一度たりとも、心の底から休んだことなどなかったのかもしれぬ……」


彼の呟きは、誰に言うでもなく、夜の静寂に溶けていった。

しばらくして、王はゆっくりと俺の方を向いた。

その顔にはもう、王としての威厳はなく、ただ一人の“ととのった”男の、穏やかな笑みがあった。


「サウナーよ。見事であった」


王は、それだけ言うと、静かに立ち上がった。


「……褒美を、取らせる。何が望みだ?」


俺は、一瞬考え、そして、王に深々と頭を下げた。


「望みは、一つだけです。陛下」

「このサウナを、どうか、この国に生きる全ての民が、等しく楽しめる場所にしてください」


俺の言葉に、王は一瞬目を見開いたが、やがて、声を上げて笑った。


「……は、ははは! 面白い! 実に面白い男よ、お主は!」


王は、俺の肩をポンと叩いた。


「よかろう。その願い、確かに聞き届けた」


その夜、王の口から発せられた一つの勅令が、王都を、いや、この国全体を揺るがすことになる。

俺の異世界サウナライフは、俺自身が想像していたよりも、遥かに大きな物語へと、その舵を切ろうとしていた。

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