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サウナー、貴族たちの洗礼を受ける

騎士団長レオンハルトが丘の上の教会を訪れた翌朝、俺たちのささやかなサウナは、初めて本当の嵐に見舞われた。


教会の前には、これまで見たこともないような豪華な紋章を掲げた馬車が、何台も列をなしている。

そこから降りてくるのは、高価な絹の服をまとった貴族や、肥え太った大商人たち。

彼らは、改修したとはいえ古びた教会の建物と、その周りの簡素な設備を、眉をひそめて見下していた。


「ここが、あのレオンハルト卿が通うという蒸し風呂か。まるで物置小屋だな」


「おい、案内人! すぐに一番良い部屋へ通せ!」


労働者たちとは全く違う、尊大で性急な物言いに、アリーは完全に気圧されてしまっている。


エリアスだけが、目の色を変えていた。


「サウナー殿! やりましたな! これぞ千載一遇の好機! 彼らの心を掴めば、我々の名は王都中に轟きますぞ!」


彼は興奮気味に言ったが、俺の表情は晴れなかった。

サウナ室は、すぐに王都の上流階級の人間たちで満たされた。

だが、そこはもはや癒やしの空間ではなかった。


「おい、狭いぞ! なぜ平民どもと同じ部屋に入らねばならんのだ!」

「この木のベンチ、ささくれが刺さりそうだわ」

「外の休憩場所とやらはどうなっている? まさか、あの粗末な木の椅子に座れと申すのか?」


彼らはサウナ室の中で、お互いの派閥や商売敵を牽制し合い、大声で自慢話に花を咲かせる。

神聖であるべきサウナ室が、ただの騒がしい社交場と化してしまったのだ。

エリアスが、俺の耳元で囁いた。


「サウナー殿、こうなっては仕方がない。平民と貴族の時間を分け、料金も別に設定しましょう。彼らには“特別扱い”が必要なのです」


俺は、その提案に静かに首を振った。


「断る」

「しかし!」

「エリアス。ストーブの前では、誰もが平等だ。王様だろうが奴隷だろうが、ロウリュがもたらす熱波は、誰にでも等しく降り注ぐ。それが、俺のサウナだ」


俺の頑固な言葉に、エリアスは「ですが!」と食い下がろうとする。

その、まさに一触即発の瞬間だった。

「静まれ」

凛とした、しかし鋼のような意志を宿した声が、サウナ室に響き渡った。

声の主は、いつの間にかサウナを訪れていた、騎士団長レオンハルトだった。

彼は、最上段にどかりと腰を下ろすと、騒がしい貴族たちを一人一人、厳しい視線で射抜いた。


「ここは、地位や財産をひけらかす場所ではない。己の弱さと向き合い、汗と共にそれを洗い流すための神聖な修練場だ」


レオンハルトは、ゆっくりと立ち上がると、俺の方を向いた。


「サウナー。最高の熱波を頼む。……ここにいる、自分を偉いと勘違いしているひよこ共にも、本当の“ととのい”とは何かを、骨の髄まで教えてやってくれ」


その言葉は、絶対的な権威を持っていた。

騒いでいた貴族たちは、まるで蛇に睨まれた蛙のように静まり返る。

俺は、レオンハルトの信頼に満ちた目に、ニヤリと笑って頷いた。


「御意、団長殿」


その日のロウリュは、祝祭の夜とはまた違う、特別なものになった。

俺は、驕り高ぶった貴族たちの魂を叩き直すため、一切の容赦なく、灼熱の熱波を舞い続けた。

悲鳴、絶叫、そして命乞い。

貴族としてのプライドも体面も、圧倒的な熱の前では全てが無意味だった。

彼らは汗と涙でぐしゃぐしゃになりながら、生まれ持った身分を忘れ、ただの“人間”として、必死に熱と向き合っていた。


そして、教会の庭に設けられた、簡素な外気浴スペース。

抜け殻となった貴族たちは、村から持ってきただけのただの木製ベンチや椅子の上に、身分の隔てなくぐったりと体を預けていた。

豪華なインフィニティチェアなど、ここにはない。

だが、彼らの表情は……。


「……空が……青い……」

「……風が……こんなに気持ちいいものだったとは……」

「……何も考えられない。ただ……静かだ……」


誰もが、穏やかで、無垢な顔で、静かに空を見上げている。

豪華な設備がなくても、本物のサウナ体験は、人の心を根こそぎ奪い去るのだ。

やがて、一番身なりの良かった初老の貴族が、ふらりと俺の前にやってくると、深々と頭を下げた。


「……サウナー殿。我々の非礼を、許されよ。私は……生まれて初めて、本当の意味で“休息”を知った気がする」


その光景を見ていたエリアスは、呆然と呟いた。


「……なるほど。彼らに必要なのは、特別な待遇ではなかった。彼らを特別扱いしない、絶対的な存在……。サウナー殿、あなたの価値は、私が考えているよりも、遥かに上かもしれない」


その日から、丘の上の教会サウナに新しいルールが生まれた。


『サウナ室の中では、身分も、財産も、過去も、全てを脱ぎ捨てること』


不思議なことに、そのルールができてから、サウナの中では労働者も、貴族も、騎士までもが、ただの“サウナ好き”として、静かに語り合うようになった。

俺のサウナは、王都の複雑な身分制度の中で、唯一、全ての人間が平等になれる、奇跡のような場所として、その名を轟かせ始めたのだった。

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