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サウナー、騎士団長にととのいを叩き込む

丘の上の教会サウナが、王都の労働者たちの間で「奇跡の癒やし小屋」として不動の地位を築いてから、数ヶ月が経った。

俺が育てた初代王都サウナーのドノバンたちは、今や俺がいなくても最高の熱波を送れるまでに成長し、教会は連日、疲れきった男たちの幸せなため息で満たされている。


「サウナー殿のやり方は、実に理にかなっていますな」 


エリアスは、帳簿をつけながら感心したように言った。

「富裕層からではなく、最もサウナを必要とする者たちの心から掴んでいく。噂というものは、常に低い場所から高い場所へと流れるものですから」


その言葉通り、ある日、俺たちの教会に全く異質な客が訪れた。

これまで来ていた労働者たちとは明らかに違う、鍛え上げられた肉体。そして、その身にまとう、静かで、しかし圧倒的な威圧感。

男は、サウナ室の前に立つと、値踏みするように俺を睨みつけた。

その腰に下げられた剣の鞘には、王家の紋章が刻まれている。


「貴様が、サウナーか」

「……いかにも」

「我が名はレオンハルト。王都騎士団の団長を拝命している」


騎士団長、だと……!?

アリーが息をのみ、セイルが警戒するように眉をひそめる。

レオンハルトは、サウナ室の中をちらりと見やり、フンと鼻を鳴らした。


「近頃、兵士たちの間で妙な噂が広まっていてな。『どんな過酷な訓練の疲れも、一晩で完全に回復する魔法の蒸し風呂がある』と。おかげで、最近の若い騎士たちの気合がどうにも緩んでいるように見える」


彼は、俺の目をまっすぐに見据えて言い放った。


「我が騎士団の士気に関わる以上、看過できん。その『さうな』とやらが、本物の癒やしなのか、それとも兵士たちを堕落させるただの快楽なのか……この私の体で、見極めさせてもらう!」


これは、関所の役人の時とはわけが違う。

下手をすれば、騎士団全員を敵に回すことになる。

だが、俺は不敵に笑って返した。


「面白い。あんたのような、全身が凝りの塊みたいな男を“ととのわせる”のは、骨が折れそうだ。……だが、やりがいはある」


レオンハルトをサウナ室に招き入れた瞬間、空気が変わった。

彼は、ロウリュの熱波を浴びても、眉一つ動かさない。

三段ベンチの最上段に仁王立ちし、滝のように流れる汗をものともせず、ただじっと耐えている。

(……化け物か、この人)

普段の鍛錬が違うのか、その肉体も精神力も、これまで俺が見てきた誰よりも強靭だった。


「どうした、サウナー。その程度か? これでは、ただの熱いだけの我慢比べだぞ」


レオンハルトが、挑発するように言った。

カチン、ときた。

(……上等だ。あんたを、再起不能リタイアになるまで“ととのわせて”やるよ)


俺はアリーに目配せし、これまでで最大級のロウリュを指示する。

そして、俺はタオルを構えた。

これまでのような優しい風じゃない。騎士団長である彼への敬意を込めた、全力の熱波だ!

俺は、サウナ室の中を縦横無尽に舞い、あらゆる角度から灼熱の蒸気を彼に叩きつけた。

それはもはやアウフグースではない。熱波の剣戟けんげきだった。


「ぐっ……! お、おお……!」


さすがの騎士団長も、その嵐のような熱波に、膝が震え始める。

だが、彼は倒れない。歯を食いしばり、その全てを受け止めていた。

限界を超えた戦いの後。

レオンハルトは、まるで亡霊のようにサウナ室から出てくると、水風呂に崩れ落ちるようにして体を沈めた。


そして、教会の庭に設けられた外気浴スペース。

簡素な木の椅子に身を預けた彼は、これまで誰一人として見せたことのないほど、深く、深く、沈黙していた。

まるで、石になったかのように、微動だにしない。


「し、師匠……大丈夫でしょうか……? やりすぎたんじゃ……」


アリーが、心配そうに小声で言う。

俺も、少しだけ不安になった、その時だった。

レオンハルトの閉じられた目から、一筋の涙が静かに流れ落ちた。


「……見えた……」


彼の声は、夢見るように呟いていた。


「……若き日に、志半ばで散っていった、戦友たちの顔が……。彼らが……『よくやった』と、笑ってくれていた……」


彼は、騎士団長という重責の中で、決して見せることのできなかった弱さを、涙と共に流し出していた。

それは、彼が初めて体験する、本当の意味での「休息」だった。


やがて、ゆっくりと体を起こしたレオンハルトは、驚くほど穏やかな顔で俺に言った。


「……サウナー。完敗だ。これは、我が騎士団に……いや、この国に必要な癒やしだ」


そして、彼は真剣な顔で、俺に一つの依頼をした。


「どうか、この『さうな』を、騎士団の公式訓練プログラムとして導入させてはもらえないだろうか。兵士たちの心身を癒やし、回復させるための、最高の訓練として」


騎士団の、公式訓練プログラム。

俺のサウナが、ついにこの国の根幹を支える組織にまで認められた瞬間だった。


その噂は、エリアスの手を借りるまでもなく、王都の貴族や富裕層の間を、瞬く間に駆け巡っていくことになる。

丘の上の教会サウナに、新しい時代の扉が開かれようとしていた。

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