サウナー、王都に最初の火を灯す
王都での場所探しは、想像以上に難航した。
エリアスが提案する貴族街の瀟洒な広場は、確かに人は集まるだろうが、どこか息苦しい。
逆に、俺が惹かれた労働者街の裏路地は、活気はあれど、衛生面と安全面に大きな問題を抱えていた。
「師匠、どうしましょう……。これでは場所が決まりません」
アリーが、日々の探索で疲れ切った顔で呟く。
俺たちが広場の噴水で休んでいると、ふと、セイルが遠くを指差した。
「……おい、サウナー。あれは何だ?」
セイルが指差す先には、王都の城壁のすぐ内側、少しだけ小高くなった丘の上に、打ち捨てられたように佇む、古い教会があった。
使われなくなって久しいのか、壁は蔦に覆われ、ステンドグラスは所々が割れている。
「廃教会か……。確かに、あそこなら……」
エリアスの商人の目が、キラリと光った。
「人通りは少ないですが、逆に言えば騒音もない。それに、神聖な場所だったという“物語”は、我々のサウナの価値を高めるのに利用できます」
(物語、ね……)
俺は、エリアスの打算的な言葉に苦笑しつつも、その場所に不思議と惹かれていた。
都会の喧騒から、ほんの少しだけ切り離された、静かな丘の上。
サウナに入るには、これ以上ない場所かもしれない。
エリアスの交渉術は凄まじかった。
彼は役所に赴き、あっという間に廃教会の短期使用許可を取り付けてきた。
「『打ち捨てられた建物を清め、地域住民の憩いの場として一時的に活用する』という名目ですよ。もちろん、いくらか袖の下は渡しましたがね」
俺たちは早速、教会の清掃と、移動式サウナの設営に取り掛かった。
幸い、教会の内部は広く、頑丈な石造りだったため、天幕を張る必要はなかった。
ゲルドたちが知恵を絞ってくれたおかげで、移動式の骨組みは教会の壁を支えにして、より大きなサウナ室として組み上げることができた。
ドルガンとアリーが鍛えた小型ストーブを中央に設置し、俺たちが故郷の火山で集めてきた“エリート石”を積み上げる。
教会の外には、大きな樽をいくつも並べ、近くの井戸から汲んだ冷たい水を満たして、即席の水風呂を作った。
そして、教会の庭には、村から持ってきた簡素な木の椅子を並べて、ささやかな外気浴スペースを作った。
数日後、王都の片隅に、世界で一つだけの「教会サウナ」が誕生した。
問題は、どうやって客を呼ぶか、だ。
エリアスは貴族たちに招待状を送ろうとしたが、俺はそれを止めた。
「最初の客は、俺たちが選ぶ」
その日の夕暮れ。
俺は、王都で一番大きな工事現場へと向かった。
一日の仕事を終え、土と汗にまみれた労働者たちが、疲れ切った顔で家路につこうとしている。
俺は、その中で一番疲れた顔をしている、親方らしき男の前に立った。
「……なんだ、あんた」
「いい風呂があるんだ。一日分の疲れ、根こそぎ洗い流してみないか?」
男は最初、俺を怪訝な顔で見ていたが、「タダだ」という一言に、仲間たちと顔を見合わせた。
「……タダなら、まあ、行ってみるか」
俺は、半信半疑の労働者たちを引き連れて、丘の上の教会へと向かった。
彼らは、教会の中に作られたサウナを見て、目を丸くした。
だが、その疲れきった体は、本能的に熱を求めていた。
俺は、彼らをサウナ室へと招き入れる。
そして、薪をくべ、最初のロウリュを、静かに、しかし力強く放った。
ジュワァァァァァァッッ!!
「「「うおおおおっ!?」」」
熱と蒸気に包まれ、男たちの体から、労働で染み付いた汗と、心の澱が、滝のように流れ落ちていく。
水風呂の絶叫、そして、簡素な木の椅子での沈黙。
村人たちが見せたのと全く同じ光景が、この王都の片隅で繰り返されていく。
やがて、ととのいの境地から帰還した親方が、震える声で俺に言った。
「……あんた、一体何者だ……? これは……魔法か……?」
俺は、サドリを一つ手渡しながら、ニヤリと笑った。
「魔法じゃねぇ。サウナだよ」
その夜、王都の労働者たちの間で、一つの噂が駆け巡った。
「丘の上の廃教会に行けば、どんな疲れも吹き飛ぶ、天国のような蒸し風呂があるらしい」
俺たちの王都での挑戦は、この街で最も“ととのい”を必要としている人々と共に、静かに、しかし確かな熱を持って、その幕を開けたのだった。
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