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サウナー、関所の役人を骨抜きにする

王都へと続く街道を進むこと数日。俺たちの目の前に、巨大な関所が立ちはだかった。

高い木の柵、鋭い眼光で旅人を見定める兵士たち。ここが、王都へと繋がる最後の関門らしい。


「よし、堂々と行こう」


エリアスが自信満々に言う通り、俺たちは馬車を列へと進めた。

だが、俺たちの番が来た途端、屈強な兵士たちの雰囲気が変わった。

一人の、いかにも仕事一筋といった風貌の、疲れた顔の役人が前に出てくる。


「止まれ。お前たちの荷物はなんだ。見たこともないガラクタばかり積んでいるが……」


役人の目は、俺たちの馬車に積まれた「移動式サウナ」の資材を、不審げに睨めつけていた。


「これはこれは、役人様。私は商人のエリアスと申します。こちらが通行証でして、荷物は……ええと、最新式の野営用天幕と暖房器具でして」


エリアスが、いつものように流暢な口調で説明するが、役人は眉一つ動かさない。


「暖房器具? こんな真夏にか。ふざけているのか」

「い、いや、これは治療用の……」

セイルが助け舟を出そうとするが、役人は「言い訳は聞かん!」と一喝した。


「怪しすぎる。通行は許可できん。荷物を全て改めさせてもらう!」


ああ、最悪のパターンだ。

この手の、疲れとストレスで凝り固まったお役人さんは、一番厄介なんだ……。

俺たちは関所の隅に誘導され、立ち往生してしまった。

アリーは「どうしましょう、師匠……」と不安げな顔だ。

俺は、その役人の顔をじっと観察した。

目の下には濃いクマ、常に眉間に刻まれた深いシワ、そしてガチガ-チに凝り固まった肩。

(……間違いない。この人、重度の“未ととのい”だ)

俺は意を決して、役人の前に進み出た。


「役人さん」

「なんだ、まだ何か文句があるのか」

「いえ、一つご提案が。俺たちの荷物は、確かに見慣れないものでしょう。ですが、決して怪しいものではありません。これは、人の心と体を極上の癒やしで満たすための、最新の“健康器具”です」


俺は、不敵に笑って言い放った。


「もし信じられないのなら、あなた自身が体験してみませんか? もし、この器具を使った後で、あなたのその“疲れ”が少しも取れなかったのなら、この荷物は全てここに置いていきます。どうです?」


俺のあまりに突拍子もない提案に、役人は一瞬呆気にとられたが、やがてその目に挑戦的な光が宿った。


「……面白い。そこまで言うなら、その正体不明のガラクタで、この俺を癒やせるとでも? やってみろ。だが、まやかしだと分かった瞬間、お前たち全員を牢に叩き込んでやるからな!」


その日の午後。

関所の裏手にある広場で、俺たちは兵士たちが遠巻きに見守る中、手際よく「移動式サウナ」を組み上げていった。

折り畳み式の木の骨組みに、分厚い帆布の天幕をかぶせる。あっという間に現れた奇妙なテントに、兵士たちはざわめいている。


「準備ができました。役人さん、どうぞこちらへ」


役人は、まだ疑いの目を隠さずに、恐る恐るサウナテントの中へと入った。

中では、アリーが真新しい薪を小型のストーブにくべている。

じわじわと室温が上がっていく。


「……ふん、ただの蒸し風呂か」


役人が腕を組んだ、その時だった。


「ロウリュ、失礼します」


俺が、セイル特製の鎮静効果があるアロマウォーターを石にかける。


ジュワァァァァッ!!


「なっ……!?」


熱い蒸気に包まれ、役人の固い表情が初めて崩れた。

額から、首筋から、これまで溜め込んできたであろう疲労が、汗となって噴き出してくる。


「さあ、役人さん。難しいことは考えずに、汗を出すことだけに集中してください」


俺はタオルを優しく振るい、熱波を送る。

最初は「ええい、やめろ!」と抵抗していた役人だったが、やがてその体から完全に力が抜け、ベンチの上でぐったりとしてしまった。

サウナから這い出てきた役人を、俺たちはそのまま簡易水風呂(ただの大きな水桶)へと誘導する。


「ひゃっ……!?」


悲鳴を上げる間もなく体を冷やし、用意していた椅子に座らせる。

夕暮れの涼しい風が、彼の火照った体を撫でていった。

そして――。


「……ふぅぅぅぅぅぅぅ…………」


彼の口から、信じられないほど長くて、深くて、幸せそうなため息が漏れた。

眉間のシワは消え去り、その顔は、まるで生まれたての赤ん坊のように、穏やかだった。

しばらくして、ゆっくりと目を開けた役人は、俺たちの顔を一人一人見つめ、そして、深々と頭を下げた。


「……わ、私が、間違っていた……。これは……ガラクタなどでは、断じてない……!」


彼はよろよろと立ち上がると、自分の執務室へ戻り、俺たちの通行証に、力強く、そして今まで見たこともないほど晴れやかな筆跡で、「通行許可」の印を押した。


「……サウナー殿」


役人の呼び方が、変わっていた。


「もしよろしければ、その……この『さうな』というもの、王都でも体験できるのだろうか……?」


俺たちの馬車が関所の門を通過する時、あのカタブツだった役人と、なぜか兵士たち全員が、最高の笑顔で手を振って見送ってくれた。

その光景に、エリアスは呆然と呟いた。

「……サウナー殿。あなたは、武器も金も使わずに、たった一時間で要塞を一つ、無血開城させてしまった。……とんでもない商売を、私は見つけてしまったのかもしれない」

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