サウナー、初めての野営に挑む
王都へと向かう道は、想像以上に穏やかだった。
馬車の車輪が心地よくガタゴトと音を立て、アリーは初めて見る景色に「わぁー!」と歓声を上げっぱなしだ。
俺も、どこか冒険の主人公にでもなったような気分で、鼻歌の一つでも歌いたくなる。
――だが、そんなロマンチックな気分は、日が暮れると共にきれいさっぱり消え去った。
「さて……そろそろ野営の準備をするか」
俺が言うと、三人の仲間たちはきょとんとした顔で俺を見た。
「野営? 師匠、次の宿場町まではまだ距離があるんですか?」
「エリアスさん、地図ではもうすぐだと……」
「サウナー、まさかとは思うが、衛生環境の保証されない屋外で夜を明かすつもりか? 論外だ」
……こいつら、まさか旅の基本を知らないのか!?
俺は頭を抱えた。
アリーは村の外に出ること自体が初めて。セイルは一人旅の経験こそあれど、常に清潔な宿を選んできたらしい。
そして、商人エリアスに至っては、言わずもがなだ。
「当たり前だろ! 旅に野営はつきものだ! さあ、火を起こして飯の準備をするぞ!」
俺の号令で、四人の初めての共同作業が始まったが、それは前途多難を予感させるものだった。
まず、火起こし。
「火なら私に任せてください!」と名乗り出たアリーだったが、鍛冶場の炉の感覚で薪を組んだものだから、火はつかずに煙だけがもうもうと立ち上る。
「ごほっ、ごほっ! アリー! 火力が強すぎるん
だ!」
「煙で目が、目がぁ!」
全員が涙目で大騒ぎだ。
次に、食事の準備。
俺が「まあ、最初は簡単なスープでも」と干し肉と豆を鍋で煮始めたが、そこに“専門家”二人が口を出してきた。
「待て、サウナー。その干し肉は塩分が強すぎる。長旅では塩分の過剰摂取は体に毒だ」
「師匠! こっちの森で採ってきたキノコも入れましょう! 美味しくなりますよ!」
「アリー! そのキノコは食えん! 幻覚作用がある!」
結果、完成したのは何の味もしない豆の煮込み汁。
そして極めつけは、商人エリアスだった。
彼はどこから取り出したのか、天蓋付きの豪華な一人用寝台を組み立て始め、シルクの枕まで用意している。
「エリアスさん、あなた……本気でそれで寝るつもりか?」
「当然です。真の商人は、いかなる環境でも生活水準を維持するものですよ」
その言葉とは裏腹に、彼は慣れない作業で指を挟み、「い、痛っ!」と小さな悲鳴を上げていた。
煙たい火、まずい飯、やたらと豪華だが落ち着かない寝床。
俺たちの記念すべき旅の初日は、理想とはほど遠い、気まずい沈黙に包まれていた。
「……はぁ」
俺は、もう一度だけ火をいじりながら、深いため息をついた。
このままじゃ、王都に着く前に仲間割れだ。
(……いや、待てよ)
俺は馬車に積んだ荷物の中から、あるものを取り出した。
ドルガンが「予備だ」と持たせてくれた、サウナストーン用の黒くて硬い石だ。
俺はその石を数個、焚き火の中に投入し、真っ赤になるまで熱した。
そして、熱くなった石を火から取り出し、大きな岩の上に並べる。
「みんな、ちょっとこっちに来て、この石の周りに座ってみろ」
訝しげな顔で集まってきた三人に、俺はセイル特製のアロマウォーターを数滴、熱い石の上に垂らした。
シュゥゥゥゥ……
心地よい音と共に、森の香りをまとった、柔らかな蒸気が立ち上る。
焚き火の直接的な熱とは違う、石から放射される、どこまでも優しい遠赤外線の熱。
そして、心を落ち着かせる聖樹の香り。
「「「……ああ……」」」
さっきまで不満顔だった三人の口から、同時に気の抜けた声が漏れた。
強張っていた肩の力が抜け、険しかった表情が、ふにゃりと溶けていく。
「……なんだ、これは。体が……芯から温まる……」
エリアスが、うっとりとした目で呟いた。
「すごい……師匠、こんな場所でもサウナが作れるんですね……!」
アリーが、尊敬の眼差しで俺を見つめる。
これはサウナじゃない。「石焼き」と呼ばれる、ただの熱の楽しみ方だ。
だが、俺は得意げに胸を張った。
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる」
その夜、俺たちはまずい豆のスープをすすりながらも、不思議と穏やかな気持ちで星空を眺めていた。
旅の先行きは不安だらけだ。
だが、この仲間たちと、そしてサウナの魂(と石)さえあれば、きっとどんな困難も“ととのえ”ていける。
俺は、そんな根拠のない自信に満たされていた。
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