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サウナー、旅立つ

王都へ行く――。

その決定が下された翌日から、村は再び祭りのような熱気に包まれた。

ただし、それは浮き足立ったものではなく、来るべき挑戦に向けた、職人たちの静かで熱い闘志だった。

俺たちの旅の成否は、すべて「移動式サウナ」の完成度にかかっている。

村の広場が、さながら一大プロジェクトの開発現場となった。


「骨組みは軽さと強度が命だ。この森のしなやかな若木を使おう。分解して組み立てられるように、継ぎ手には工夫がいるな」


大工のゲルドが、鋭い目で木材を選びながら、設計図を地面に描いていく。


「炉は小さく、それでいて熱を蓄える力が必要だ。火室を二重構造にして、少ない薪で石を熱せるように……アリー、お前の知恵も貸せ!」

「はい、お父さん!」


ドルガンとアリーは、夜遅くまで炉の前に立ち、試行錯誤を繰り返していた。

村の女性たちは、分厚く丈夫な帆布を何枚も縫い合わせ、熱を逃がさないための天幕作りに精を出す。

パン屋のバルタは、旅先でも作れる保存食の研究に余念がなく、セイルは携帯用の濃縮アロマウォーターと、旅の疲れを癒やす薬草の調合に没頭していた。

そして、商人エリアスは、その全てを驚くべき手腕でまとめ上げていた。

最高の素材をどこからか調達し、全ての部品が効率よく馬車に積載できるよう計算し尽くす。

彼の商売人としての能力が、俺たちの夢に現実的な翼を与えてくれていた。


村の誰もが、自分にできる最高の仕事で、俺たちの旅を支えようとしてくれている。

その光景は、壮観ですらあった。


出発を二日後に控えた夜。

アリーが、ドルガンに鍛えてもらったという、真新しい小さなナイフを嬉しそうに磨いていた。

「お父さんが、『旅先で師匠の足手まといになるな。自分の身くらい守れるようになれ』ですって。照れちゃって、もう!」

「……心配なんだよ、お前のことが」

「分かってます」

アリーはそう言って、悪戯っぽく笑った。


彼女にとって、これが初めて親元を離れる長い旅になる。不安がないわけではないだろう。

だが、その顔は希望に満ち溢れていた。

俺は、そんな仲間たちの姿に目を細めながらも、一つだけ心残りがあった。

俺たちが旅に出ている間、この「陽だまりのととのい処」の火を、誰が守るのか。


その夜、俺は一人、サウナ室の火の番をしていた。

ストーブの中で静かに燃える炎を見つめていると、不意に背後で小さな物音がした。

振り返ると、村の少年――たしかリオの弟で、レオという名だったか――が、入り口の隅で、俺の真似をするように薪を積む練習をしていた。


「……どうした、レオ。こんな夜更けに」


俺の声に、少年はびくりと肩を震わせた。


「さ、サウナーさん……! あの、ごめんなさい! 邪魔するつもりは……!」

「いや、いいんだ。それより、薪の組み方が上手になったな」


俺がそう言うと、レオははにかみながらも、嬉しそうに顔を上げた。


「……サウナーさんが、旅に出ちゃうって聞いて。俺、この館が大好きだから……サウナーさんがいない間、ここの火が消えちゃったら嫌だなって……」


その健気な言葉に、俺の胸は熱くなった。

俺がこの村に来て蒔いたサウナの種は、俺が思っている以上に深く、そして広く、根を張ってくれていたらしい。

次の世代にまで、その想いは確かに届いていた。

俺はレオの前にしゃがみこみ、その小さな肩に手を置いた。


「レオ。俺が帰ってくるまで、お前にこのサウナの“火の番人”を任せてもいいか?」

「え……! ぼ、僕が!?」

「ああ。俺の一番弟子はアリーだが、この館を預かるのはお前だ。今日からお前は、俺の“小さな弟子”だ」


俺はレオに、薪の乾燥具合の見分け方、空気の送り方、そして何より、サウナの火への感謝と敬意を、ゆっくりと、丁寧に教え込んだ。

レオは、その一言一句を聞き漏らすまいと、真剣な目で頷いていた。


出発の朝。

全ての道具を積み込んだ馬車の前で、俺たち四人は村人全員に見送られていた。

村長が、俺の肩を力強く叩く。


「サウナーよ。お前はもはや、ただの異邦人ではない。この村の誇りだ。胸を張って、我らの“ととのい”を世界に示してまいれ!」

「はい!」


俺は、隣に立つアリーとセイル、そして不敵に笑うエリアスの顔を見た。

後ろを振り返れば、少しだけ胸を張って手を振る、俺の小さな弟子の姿がある。

もう、何も心配はいらない。

俺たちの旅は、決して孤独なものじゃない。


「行ってきます!」


俺の声を合図に、馬車はゆっくりと王都へと向けて走り出した。

村人たちの温かい声援を背に受けながら、俺たちの、サウナで世界を“ととのえる”ための、新しい冒険が始まった。

ここからまた新章に入っていきます。

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