サウナー、商人と出会う
夏の陽光が、ととのいのガーデンに木漏れ日を落とす、穏やかな昼下がり。
俺は完成したばかりのサウナ施設の点検をしながら、その完璧な出来栄えに一人、満足げに頷いていた。
村の日常にサウナは完全に溶け込み、人々の笑い声が絶えることはない。
これ以上ないほどの、平和な時間だった。
その静寂を破ったのは、村の入口の方角から聞こえてきた、ただならぬ喧騒だった。
「なんだ?」
俺が顔を上げると、アリーが慌てた様子でガーデンに駆け込んできた。
「師匠! 大変です! 村の入口に、見たこともないような立派な馬車が……!」
俺たちが村の広場へ向かうと、そこには確かに、村の素朴な荷馬車とは比べ物にならない、美しい装飾が施された一台の馬車が停まっていた。
車輪の一つが大きく歪み、どうやら立ち往生してしまったらしい。
馬車の傍らには、旅の汚れこそあるものの、上質な生地の服を身にまとった、俺たちとは明らかに雰囲気の違う男が立っていた。
村人たちが、遠巻きに、好奇心と少しばかりの警戒心を持ってその様子を眺めている。
やがて、村長が杖を突きながら前に出た。
「旅の方ですかな。何かお困りかな?」
「これはご丁寧に。私はエリアスと申す、街から来た商人でして。どうやら轍に車輪を取られ、軸を傷めてしまったようです。どこか、鍛冶屋と宿を借りられる場所はないでしょうか?」
男の丁寧で、どこか値踏みするような口調に、俺は少しだけ身構えた。
「鍛冶屋なら、うちのドルガンが村一番です。宿はないが、空き家くらいならあります。今夜はゆっくり休んでいくといい」
村長の言葉に、エリアスと名乗った商人は安堵したように頭を下げた。
ドルガンの工房で馬車の修理が始まると、エリアスは村の中を興味深げに散策し始めた。
そして、彼はすぐにこの村の“異常さ”に気づいたようだった。
辺鄙な田舎の村のはずなのに、道はきれいに整備され、すれ違う村人たちの表情は驚くほど明るく、活気に満ちている。
なにより奇妙なのは、村のあちこちから漂ってくる、食欲をそそる豊かな香りだった。
香りに誘われて彼が向かった先は、パン屋のバルタが営む屋台。そこで彼は、人生で一度も見たことのない料理を目にする。
平たいパンの上に赤いソースと白い乳製品、そして色とりどりの具材が乗せられた「サウナピザ」。
村人たちは、それを「サドリ」と呼ばれる爽やかな飲み物と共に、幸せそうに頬張っていた。
「……なんだ、この食べ物は。それに、この活気は……」
さらに歩くと、今度は鍛冶場から聞こえるリズミカルな槌の音に足を止める。
夏の灼熱にもかかわらず、鍛冶屋の親子は驚くほど効率よく、そして楽しげに仕事に打ち込んでいた。
エリアスは、混乱していた。
この村には何かがある。交易路から外れたこの村が、これほどの活気と、独自の食文化を持つことなどありえない。何か、特別な資源か、あるいは秘密の技術があるに違いない。
彼が誰に尋ねても、村人たちの答えは同じだった。
「ああ、全部“サウナー”がもたらしてくれた宝のおかげさ!」
そして、村人たちは決まって、川沿いに新しくできた壮麗な建物を指差すのだ。
『陽だまりのととのい処』と掲げられた、あの館を。
やがて、エリアスは俺のところにやってきた。
村人たちが「あれが俺たちのサウナーだ!」と誇らしげに紹介したからだろう。
「あなたが、サウナー殿か。村人たちから伺いましたよ。この村の奇跡的な繁栄は、すべてあなたと、あの“蒸し風呂”たらいう施設から生まれている、と」
その口調は丁寧だが、目は鋭く光っている。
(……さては、俺をこの村の秘密を握る黒幕か何かだと思ってるな)
「まあ、百聞は一見にしかず、だ。サウナーよ」
話を聞きつけた村長が、俺の肩を叩いて言った。
「エリアス殿にも、我らの“ととのい”を体験させて差し上げなさい。それが、この村一番のもてなしとなろう」
「おお、それがいい!」
「都会の疲れも一発で吹き飛ぶぞ!」
村人たちが、有無を言わせぬ勢いで囃し立てる。
エリアスは、困惑しながらも、この村の謎を解く鍵がそこにあると確信したようだった。
商売人らしい笑みを浮かべ、俺に向き直る。
「ははあ。そこまでおっしゃるなら、その村自慢の蒸し風呂とやらを、ぜひ体験させていただきましょう。この村の“宝”の正体を、この目で見極めさせてもらいますよ」
その目は、もはや単なる好奇心ではない。
未知のビジネスチャンスを見つけようとする、鋭い商人の目だ。
俺は、この都会から来た男の挑戦的な視線を受け止めながら、静かに闘志を燃やした。
(いいだろう、エリアスさん)
俺は心の中で、不敵に笑った。
(金や物だけが豊かさじゃない。この村の宝が、本物かどうか……あんたのその体で、じっくりと味わってもらうぜ)




