サウナー、ピザを焼く
夏の陽気が続くある日、パン屋のバルタが、どこか物憂げな顔でととのいのガーデンにやってきた。
「よう、サウナー。ちょっと相談があるんだが」
「どうした、バルタ。サウナパンの売れ行きは絶好調じゃないか」
「ああ、それなんだよ」
バルタは、焼き上がったばかりのパンを一つ、複雑な顔で眺めた。
「サウナパンは、俺の人生の傑作だ。それは間違いない。だがな……職人の魂ってもんは、一つの成功に満足しちまうと、そこで止まっちまうんだ。俺は、このサウナパンを超える、次の“サ飯”の傑作を生み出したいんだ!」
職人としての、熱く、そして純粋な悩み。
俺はニヤリと笑った。
「面白いじゃないか、バルタ。いいぜ、俺の故郷の、とっておきのパン料理を教えてやる」
俺は、集まってきたバルタやアリー、セイルたちに、その料理の概念を説明した。
「平たくて丸い、もちもちのパン生地がある。その上に、赤くて甘酸っぱい果実のソースを塗り、とろける乳製品を乗せる。さらにその上に、村で採れたうまいもんを何でも乗せて、灼熱の窯で一気に焼き上げるんだ」
村人たちは、初めて聞く料理の名前にきょとんとしている。
「なんだそりゃ?」
「パンの上に色々乗せるのか?」
「想像もつかねえな……」
「その料理の名は、“ピザ”。みんなで分け合って食べる、最高に楽しいご馳走だ」
俺の言葉に、最初に目を輝かせたのはバルタだった。
「灼熱の窯で一気に焼き上げる、だと……? 面白え! やってやろうじゃねえか!」
だが、すぐに問題が持ち上がった。
「師匠、その“赤くて甘酸っぱい果実”って、この村にありますか?」
アリーの問いに、俺は薬師のセイルに視線を向けた。
「赤くて、酸味と甘みがあって、煮詰めると旨味が出る果実……」
セイルは顎に手を当てて少し考え、そしてポンと手を打った。
「……ドラゴンベリーが使える。あの果実は熱を加えることで酸味が和らぎ、旨味が増す。煮詰めて香草を加えれば、極上のソースになるだろう」
「よっしゃ! ソースの問題は解決だな!」
「乳製品なら、ヤギの乳から作る新鮮なチーズがあるぞ!」
「トッピングには、うちの畑で採れた夏野菜と、リョウさんの燻製魚を乗せましょう!」
村人たちのアイデアで、異世界ピザの全体像がみるみるうちに出来上がっていく。
だが、最大の課題が残っていた。焼き方だ。
「バルタのパン窯は、パンをじっくり焼くためのものだ。ピザに必要なのは、もっと暴力的で、瞬間的な超高温だ」
俺がそう言うと、工房で涼んでいたドルガンが、にやりと笑った。
「なるほどな。つまり、パン窯の“熾火”じゃなく、鍛冶場の“炉”みてえな熱が必要ってことか」
「その通りだ、ドルガン。何かいい手はないか?」
「任せとけ」
ドルガンは工房に戻ると、一枚の分厚い鉄板を打ち始めた。
熱で歪まないよう、何度も叩いては強度を上げた、完璧に平らな“灼熱の鉄板”だ。
「こいつをサウナストーブの石の上に直接乗せろ。パン窯なんざ目じゃねえ、本物の石窯になるぜ」
その日の夕方。
「陽だまりのととのい処」では、村中が見守る中、史上初のピザ作りが始まっていた。
サウナストーブの上でカンカンに熱せられたドルガン特製の鉄板が、まるで溶岩のように熱気を放っている。
バルタが伸ばした生地に、セイルが作った特製ドラゴンベリーソースが塗られ、新鮮なチーズと色とりどりの具材が乗せられていく。
「よし、いくぞ!」
俺は、ゲルドが作ってくれた木製のヘラでピザをすくい上げ、灼熱の鉄板の上へと滑らせた。
ジュウウウウウウウッッ!!
生地が鉄板に触れた瞬間、食欲をそそる音と共に、一瞬で生地の縁がぷっくりと膨れ上がる!
チーズはぐつぐつと溶け、ソースの焼ける香ばしい匂いがガーデン中に広がった。
一分もしないうちに、俺は完璧に焼き上がったピザを引っ張り出した。
縁はこんがり、チーズはとろとろ。まさに奇跡のような焼き上がりだ。
切り分けた最初の一切れを、バルタが震える手で口に運ぶ。
そして、目を見開いたまま固まった。
「……う……うめえ……! なんだこりゃあ……!」
外はカリカリなのに、中は驚くほどもちもちの生地。
甘酸っぱいドラゴンベリーソースと、クリーミーなチーズの相性は抜群。
そして、夏野菜の瑞々しさと、燻製魚の塩気が、それら全てをまとめ上げている。
「うおおお! これがピザか!」
「パンなのに、パンじゃない!」
「みんなで食べると、もっと美味しい!」
村人たちは、初めて食べるその味の虜になった。
その日、「サウナピザ」は、サウナパンやサドリと並ぶ、村の新しい名物になった。
俺は、自分の故郷の味が、この村の職人たちの手によって、全く新しい、最高の料理に生まれ変わったことに感動していた。
サウナが生み出すのは、体の“ととのい”だけじゃない。
人々の知恵と笑顔を繋ぐ、最高の文化そのものなんだと、改めて実感した夜だった。




