サウナー、サウナフィッシュを生み出す
うだるような暑さが続く、夏のある日のこと。
「陽だまりのととのい処」の隣を流れる川は、村の子供たちの歓声で満ちていた。
完成した水風呂で涼をとる者、浅瀬で水遊びに興じる者。
その光景を、俺はととのいのガーデンにあるインフィニティチェアに身を預け、穏やかな気持ちで眺めていた。
最高のサウナがあり、最高の水風呂があり、最高の休憩場所がある。
この村の夏は、間違いなく世界一だ。
そんなことを考えていると、一人の男が大きな魚籠を抱え、興奮した面持ちで駆けてきた。
以前、燻製魚を開発した村の漁師、リョウだ。
「サウナー! 大変だ! 見てくれよ、この大漁!」
魚籠の中では、獲れたばかりの川魚が銀色の鱗をきらめかせ、元気に跳ねている。
「すごいじゃないか、リョウ。腕を上げたな」
「あんたのサウナのおかげだよ! 精霊様のご加護か、最近、川の恵みが半端じゃねえんだ!」
リョウは満面の笑みだが、すぐに困った顔になった。
「だがよ、サウナー。こんだけ獲れても、この暑さじゃすぐに傷んじまう。燻製にするにも、薪がもったいなくて…」
その言葉に、俺の脳裏に故郷のサウナの記憶が閃いた。
フィンランドのサウナ小屋で見た、ある光景。
「……リョウ。その魚、最高の“サ飯”にしてみないか?」
その日の夕方。
最後の客がサウナから出た後、俺たちはまだ熱気が残るサウナ室に集まっていた。
俺がやろうとしているのは、サウナストーブの“余熱”を使った調理法だ。
「サウナの中で魚を焼くのかい!? 臭いがついちまうんじゃないか?」
パン屋のバルタが心配そうに言う。
「大丈夫だ。ちゃんと工夫する」
俺はセイルに頼んで用意してもらった、香りの強い葉っぱを広げた。
その上に、リョウが捌いた魚を乗せ、腹にはレモングラスのような爽やかな香草をたっぷりと詰め込む。
そして、葉で魚をきつく、何重にも包み込んでいく。
「ふむ。この葉には殺菌効果と消臭効果がある。理にかなっているな」
セイルが満足げに頷く。
「師匠! 私もやります!」
アリーが、父のドルガンに作ってもらったという、魚を乗せるための特製金網を手に、目を輝かせていた。
俺たちは、香草の葉で包んだ魚を金網に乗せ、まだじんわりと熱いサウナストーンの上にそっと置いた。
火はもう落としてある。あとは、石が蓄えた穏やかな熱が、じっくりと魚に火を通してくれるのを待つだけだ。
俺たちはガーデンに出て、サドリを飲みながらその時を待った。
やがて、サウナ室の扉の隙間から、たまらなく芳しい香りが漏れ出してきた。
燻製とは違う、ハーブと魚が蒸し焼きにされる、食欲をそそる香りだ。
「……そろそろだな」
俺が合図をすると、アリーがミトンをはめた手で、慎重に金網を取り出した。
葉っぱの包みを開くと、ふわりと湯気が立ち上り、中から完璧に火が通った、真っ白な魚の身が現れた。
「「「おおおお……!」」」
集まった村人たちから、感嘆のため息が漏れる。
熱々の身を、みんなで少しずつ分け合って口に運ぶ。
……その瞬間、全員の目が見開かれた。
「……うまいっ!」
バルタが叫んだ。
「なんだこの柔らかさは! パサパサ感が一切ねえ! 骨までしゃぶれそうだ!」
「ハーブの香りが、身の芯まで染み込んでる……! なんて上品な味なんだ……!」
セイルも、驚きを隠せない様子だ。
ストーブの石が持つ、穏やかで安定した熱が、魚の旨味と水分を一切逃さず、極上の蒸し焼きへと昇華させたのだ。
その夜、ととのいのガーデンでは、村人たちが「サウナフィッシュ」を囲んで、ささやかな宴会が開かれていた。
「サウナは体を癒やし、魚まで調理してくれるのか!」
「川の恵みを、サウナの恵みでいただく。最高の贅沢だ!」
アリーが、俺の隣で幸せそうに魚を頬張っている。
「師匠、サウナって、本当に何でもできるんですね!」
「ああ。サウナは、俺たちの暮らしそのものを“ととのえて”くれるのかもしれないな」
俺は、星空の下で笑い合う村人たちの顔を見渡した。
サウナができてから、俺たちは村の周りにある自然の恵みを、より深く、より感謝して受け取れるようになった気がする。
川のせせらぎ、木の香り、そして、人の笑い声。
それら全てが合わさった、極上の“ととのい”が、そこにはあった。




