サウナー、灼熱地獄を味わう
師匠! 本日も最高の火を入れておきました!」
アリーが自信満々にサウナ小屋の扉を開けた。
その快活な声とともに、ゴッ、と竜の吐息のような熱波が俺の顔を撫でる。
……うん、これは嫌な予感を通り越して、確信だ。
俺は顔をしかめて中へ足を踏み入れた。中は、もはやサウナというより焼却炉だった。
ストーブの上のサウナストーンは赤熱し、鍛冶場の鉄のようにジュウジュウと不気味な音を立てている。室内の空気は陽炎のように歪み、息をするだけで喉が焼けそうだ。
ベンチに座っていた村人たちは、茹ですぎたタコのように真っ赤になり、蒸籠で放置された小籠包のごとくぐったりとうなだれていた。
「アリー! お前、どれだけ薪をくべたんだ!?」
「えっと……師匠に早く認めてほしくて、つい……鍛冶場の本気炉と同じくらい……?」
「バカーーーッ!! サウナと溶鉱炉は違うんだよ!!」
俺は慌てて耐熱グローブを掴み、ストーブの扉を開けて燃え盛る薪を掻き出した。
火勢はまだ強いが、これでこれ以上温度が上がることはないだろう。
サウナで大事なのは「熱ければいい」というものじゃない。汗をかくための「心地よい熱さ」こそが、何より重要なのだ。
「み、みず……」
「わしは……もうだめじゃ……」
限界寸前の村人たちを叩き起こし、急いで外の水樽へと誘導する。
ドボン、ドボンと浸かると、彼らは生き返ったように呻き声を上げた。
「ひゃぁぁぁ! 冷てぇ! でも……最高だぁ!」
「地獄から……天国に……」
よかった。どうやら死人は出なかったらしい。
「す、すみません師匠……! 私、良かれと思って……! 張り切りすぎました……!」
アリーが大きな瞳に涙をため、今にも泣き出しそうな顔で深々と頭を下げる。
「まぁ、誰だって最初は失敗する。けどな――」
俺は人差し指を立て、説教モードに入る。
「いいか、サウナの適温はだいたい80度から100度。鍛冶場みたいに1000度なんて温度は要らない」
「1000度!? し、師匠はそんなに低い温度で満足できるのですか!?」
「低いじゃない! 人間には十分すぎる熱さだ!」
いつの間にか回復した村人たちが、苦笑いしながらこちらを見ている。
その目は明らかに「この師弟コンビ、本当に大丈夫か……?」と語っていた。
「アリー、サウナは我慢比べをする戦いの場じゃない。心と体を解放する、癒やしの場なんだ。だから、ここのストーブは武器を鍛えるための“業火”じゃない。俺たちの心と体を、優しく解きほぐすための“灯火”なんだよ」
「……なるほど。鍛冶場の火は、鉄を鍛えるための火。サウナの火は、人を癒やすための火……」
「そう! 同じ火でも、役割がまったく違うんだ」
「はぁぁ……深い! さすが師匠!」
いや、そんなに感心されるようなことじゃないんだが。
俺たちは改めてサウナを整え直した。
薪を調整し、穏やかな熱の回りを見極め、アリーには「石が真っ赤になる前に火力を調整すること」と具体的に指導する。
「そして、ここで重要なのが湿度だ」
「湿度、ですか?」
「ああ。ロウリュで水をかけると蒸気が広がり、体感温度が上がる。この蒸気こそが“気持ちよい熱さ”を生むんだ」
俺は柄杓で水をすくい、熱した石にゆっくりと円を描くようにかける。
ジュワァァァァ――ッ!
心地よい音とともに、熱の柔らかいベールが肌を優しく包み込む。
村人たちから「おおぉ……!」と、先ほどとは違う純粋な感嘆の声が上がった。
「こ、これが……適温……!」
「うむ……さっきの灼熱地獄とは雲泥の差じゃ……」
アリーも真剣な顔で、どこから取り出したのか羊皮紙の切れ端に何かを書き留めている。
(いや、異世界にメモ帳とペンあるんかい……)
10分後。
俺たちは水浴びを済ませ、外気浴用のベンチに腰を下ろした。
ひんやりとした夜風が火照った頬をなで、満点の星空が頭上に広がっている。
「ふぅ……最高だな、これ」
俺は思わず天を仰いだ。
「師匠!」
アリーが隣で元気よく手を挙げる。
「私、今日の失敗で一つ、大切なことを学びました! サウナに必要なのは“鍛冶場の熱”じゃなくて、人をもてなす“心の熱”なんですね!」
俺は思わずアリーの頭をポンと叩いた。
「……へへっ、お前、たまにはいいこと言うじゃんか」
「はい! ですから、次は絶対に師匠を最高のサウナで“ととのわせて”みせます!」
「いや、俺は自分で勝手にととのうから大丈夫だって」
村人たちはそのやり取りを、我が子を見守るような温かい目で見ている。彼らもすっかり、この異世界のサウナの魅力に取りつかれていた。
その夜。
村ではこんな噂がまことしやかに囁かれていた。
「あのサウナの火は、命を削る業火にあらず。人の心を癒やす聖なる灯火なり」
「村の鍛冶屋の娘が、その火の守り人となるべく、仙人の下で修行に励んでいるらしい」
……なんだか俺が、火を操る“サウナ仙人”みたいに語られてるじゃねえか。
だが、悪い気はしなかった。
むしろ、隣で夜空を見上げるアリーの真っ直ぐな横顔を見ていると――。
「この世界に、本物のサウナを正しく広めたい」
そんな想いが、胸の中でますます強く燃え上がるのだった。