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サウナー、異世界の村にサウナ施設を建てる⑰

どれくらいの時間が経っただろうか。

ととのいのガーデンには、川のせせらぎと、遠くで聞こえる祝祭の陽気な音楽だけが流れていた。

インフィニティチェアに身を預けた男たちは、誰もがまだ、魂が宇宙を旅しているかのような、穏やかな表情を浮かべている。


やがて、一番最初にゆっくりと目を開けたのは村長だった。

その深い皺が刻まれた目から、すうっと一筋の涙がこぼれ落ちる。


「……見えたわい。わしらのご先祖様が、この村の未来を嬉しそうに見ておられる姿が……」


その言葉に続くように、パン屋のバルタが、ふにゃふにゃになった声で呟いた。


「パン窯の火加減の悩みとか、小麦の値段のこととか……どうでもよくなっちまった……。頭ん中が、からっぽだ。ああ、なんて幸せなんだ……」


煤と汗にまみれた顔を上げた鍛冶屋のドルガンは、多くの言葉を語らない。

ただ、俺の方をじっと見て、深く、深く頷いた。


「……サウナー。たいしたもんだ、お前は」


その無骨な一言に、万感の想いが込められているのが分かった。

一人、また一人と、男たちは“ととのいの向こう側”から帰還し、自らが体験した奇跡を、夢見るような瞳で語り合う。

それはもう、ただ「気持ちよかった」という感想ではない。

それぞれが人生で背負ってきた荷物を、ほんのひととき下ろすことができた、魂の休息の記録だった。

やがて男たちは、生まれ変わったように軽い足取りで、サドリとサウナパンが待つ祝祭の輪へと戻っていった。


俺は一人、心地よい疲労感と共に椅子に座っていると、まだそこに残っていたセイルが、静かに隣に腰を下ろした。


「……おい、サウナー」

「なんだよ、薬師先生。お前の難しい分析を聞かせてくれるのか?」


俺が軽口を叩くと、セイルはしばらく黙り込んだ後、珍しく、困ったような顔で言った。


「……分析できない」

「え?」

「私の知識をもってすれば、血管の拡張と収縮、血流の変化、脳内における快感物質の分泌……体の反応は、ある程度説明できる。だがな」


セイルは、先ほどまで自分が浮かんでいたであろう夜空を見上げた。


「“あれ”は説明できない。魂が浄化されるような、あの感覚は……私の医術書の、どこにも載ってはいない」


初めて見る、天才薬師の率直な敗北宣言だった。

だが、その顔は悔しそうではなく、むしろ未知の探求分野を見つけた子供のように、輝いて見えた。


「サウナー。私は、お前のサウナを“治療”の一環として、本格的に研究したい」

「治療?」

「ああ。薬草と熱気、そしてこの水風呂と外気浴の組み合わせは、もはや単なる健康法ではない。人の心を癒やし、精神を安定させる、確立された“療法”だ。お前の経験と、私の知識。それを合わせれば、我々はもっと多くの人を救えるかもしれん」


ただのサウナ好きだった俺と、薬草一筋だったこの男が、今、同じ未来を見つめている。

その事実が、たまらなく嬉しかった。


「……ああ。やってやろうぜ、セイル。二人で、サウナ医学の新しい扉を開けてやろう」


俺たちが固い握手を交わしたその時だった。


「師匠ー! セイルさーん! みんな、次のサウナはまだかって待ってますよー!」


アリーが、すっかり“風の導師”として板についた様子で、俺たちを呼びに来た。

見れば、サウナの前には、子供から大人まで、次のセッションを待つ村人たちの長蛇の列ができていた。

祝祭の夜は、更けていく。

サウナ室からは、絶えず村人たちの幸せそうな笑い声と、ロウリュの音が響き渡る。

ととのいのガーデンでは、人々がサドリを片手に語り合い、子供たちはインフィニティチェアを順番待ちしてはしゃいでいる。


俺は、その光景の全てを、胸に焼き付けた。

異世界に来て、たった一つの趣味を形にしただけだった。

それなのに、いつの間にかこんなにも多くの笑顔が、俺のサウナの周りに集まってくれている。

(ここが、俺の居場所なんだ)

日本の喧騒も、孤独だった社畜時代も、もう遠い昔のことのようだ。


「ここが、俺にとっての本当の“ととのい”なんだな」

俺の小さな呟きは、祝祭の喧騒の中に、温かく溶けていった。

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