サウナー、異世界の村にサウナ施設を建てる⑯
夜の帳が降り、「ととのいの館」は昼間の賑わいが嘘のように、静かで神聖な雰囲気に包まれていた。
ガーデンに灯された松明の炎が、建物を柔らかく照らし出している。
祝祭のメインイベント、『スペシャル・アウフグース・ショー』の時間がやってきた。
最初の回に招かれたのは、村長、ゲルド、ドルガン、バルタ、そしてセイルという、このサウナ建設に尽力した立役者たちだ。
彼らはどこか緊張した面持ちで、俺がサウナ室の扉を開けるのを待っていた。
「……皆様、今宵、最高の“ととのい”の世界へご案内します」
俺が静かに言うと、村人たちはごくりと喉を鳴らし、薄暗いサウナ室へと足を踏み入れた。
室内は、中央に鎮座するストーブの炎だけでぼんやりと照らされている。
その傍らには、助手を務めるアリーが、ドルガンが鍛えた祝祭用のロウリュ柄杓を手に、静かに控えていた。
俺はゆっくりと三段ベンチの最上段に座るよう促し、自らはストーブの前に立った。
タオルを手にすると、自然と心が静まっていく。ここからは、俺の舞台だ。
「第一楽章、『森の目覚め』。まずは、この聖なる木の香りで、心と体を解きほぐしていきましょう」
俺の合図で、アリーがそっと柄杓でアロマウォーターをすくい、熱された石にかけた。
シュワァァ……と優しい音がして、セイル特製の聖樹の香りが、穏やかな熱と共に立ち上る。
俺はタオルを大きく、ゆっくりと回し始めた。
熱気をかき混ぜるのではない。室内に満ちた温かい空気を、一人一人の肌に優しく撫で付けるように。
村人たちの強張っていた肩から、ふっと力が抜けていくのが分かった。
「第二楽章、『熱波の洗礼』。眠っていた細胞を、熱の刺激で呼び覚まします」
再びアリーが水をかける。今度は先ほどよりも量を多く。
ジュワァァァッ!と音は力強さを増し、ドラゴンベリーの葉から抽出した、柑橘系の爽やかな香りが弾けた。
俺の動きも変わる。
タオルの先端に熱気と蒸気を乗せ、一人一人に向かって的確に送り込む!
バッ!バッ!と風を切る音と共に、熱波が村人たちの体を叩く。
「ぐっ……!」
「ぬおおっ……!」
苦悶と快感が入り混じった声が漏れる。
誰もが滝のような汗を流しながら、必死にその熱を受け止めていた。
「そして、最終楽章!『魂の飛翔』! 全ての感覚を研ぎ澄まし、その向こう側へ!」
俺はありったけの想いを込めて叫んだ。アリーが、残っていたアロマウォーターを全て石にかける!
ジュワァァァァァァァァッッ!!
龍の咆哮のような轟音と共に、ミント系のリフレ草の香りを乗せた、灼熱の蒸気が爆発的に立ち上った。
俺はタオルの両端を固く握りしめ、舞うように回転する。
サウナ室の中に、熱と香りの巨大な竜巻を生み出す!
「うおおおおおおおおお!!」
村人たちの雄叫びが響く。
熱い。痛い。苦しい。だが、それらを凌駕する、圧倒的な生命力の高まり。
俺は最後に、天に向かってタオルを振り上げ、全員に最大級の熱波を叩きつけた。
そして――静寂が訪れた。
ぜえぜえと肩で息をする俺を尻目に、男たちはまるで夢遊病者のように、ふらふらとサウナ室から出ていく。
そして、ためらうことなく、月明かりに照らされた水風呂へと身を投げた。
「「「…………っっ!!」」」
声にならない声が、夜の静寂に吸い込まれていく。
数秒後、水面から顔を出した彼らの表情は、一様に呆然としていた。
やがて、誰からともなくインフィニティチェアへと体を預ける。
あれほど騒がしかった男たちが、今は誰一人として言葉を発しない。
聞こえるのは、川のせせらぎと、虫の声、そして……自分自身の心臓の鼓動だけ。
村長は、その皺だらけの頬に、静かに一筋の涙を伝わせていた。
バルタは、天の川を指差したまま、子供のように口を開けている。
そして、いつもは冷静な薬師のセイルまでもが、分析する言葉を忘れ、ただ穏やかな顔で夜空を見つめていた。
彼らは確かにそこにいた。
日常の悩みも、体の疲れも、全てから解放された、究極の“ととのい”の境地に。
俺は、その光景をただ黙って見つめていた。
体は限界まで疲れているのに、心は信じられないほど満たされている。
「師匠……」
隣に来たアリーの声は、感動に震えていた。
「みんな……なんだか、すごく幸せそうな顔、してますね」
「……ああ」
俺は、満天の星空の下で安らかに魂を遊ばせる仲間たちを見ながら、静かに頷いた。
「これが、俺が見せたかった、最高のサウナだ」




