サウナー、異世界の村にサウナ施設を建てる⑬
夕暮れの光が、川沿いの土地を黄金色に染めていた。
そこに集まった村人たちの視線は、一つの建物に固唾をのんで注がれている。
木と石で組み上げられた、温かみのある大きな建物。
赤瓦の屋根からは、真新しい煙突が誇らしげに空へと伸びている。
入口には堅牢な二重扉、中には壮麗な三段ベンチが鎮座し、隣にはエメラルド色に輝く天然の水風呂。そして、そのほとりには魂を解放するためのインフィニティチェアがずらりと並ぶ。
――そう、俺と、この村の仲間たちが総出で作り上げた「ととのいの館」が、ついに完成したのだ。
「……じゃあ、いよいよ試運転といこうか」
俺は胸を張りながら言ったが、心臓はこれ以上ないくらいにバクバクしていた。
(頼むぞ、最高のサウナになってくれ……! ここで失敗したら、俺はただの暑苦しい箱を作った男として、村の歴史に名を刻むことになる……!)
「サウナー! 早く! 早く火を入れて!」
子供たちが、待ちきれないとばかりに俺の服の袖を引く。
「お、おう。よし、アリー、ドルガンさん!」
「はい、師匠!」「おうよ」
アリーと父のドルガンが、二人で鍛え上げた特製の薪ストーブに、最初の薪をくべる。
乾いた薪はパチパチと心地よい音を立て、やがてゴウッと力強い炎となって燃え上がった。
煙突から、完成を告げる狼煙のように、白い煙がまっすぐに天へと昇っていく。
「おおーっ!」
その光景だけで、村人たちから大きな歓声があがった。
サウナ室に足を踏み入れると、真新しい木の香りと、熱せられた石の匂いが混じり合い、期待感を煽る。
これだ……これぞ本物のフィンランド式サウナの空気だ。
やがて室温が十分に上がり、村の男たちが代表してベンチに座る。
俺は柄杓を手に取り、アロマウォーターを汲んだ。
シーンと静まり返ったサウナ室で、俺は宣言した。
「これより、この館に命を吹き込む最初の儀式……ロウリュを執り行う!」
熱されたサウナストーンに、水をかける。
興奮のあまり、つい、いつもより多めに。
――ジュワァァァァァァァッッ!!
白い蒸気が、龍の咆哮と共に爆発的に舞い上がり、村人たちが一斉にのけぞった。
「うわっ、熱っ! なんだこの熱の塊は!?」
「肌が焼ける! 皮が! 皮が剥がれるぅ!」
「ぎゃー! 耳が! 俺の耳が溶けるーーっ!」
阿鼻叫喚の大合唱。
やっちまった! 新しいストーブのパワーを甘く見て、水をかけすぎた!
「お、落ち着けみんな! これは“熱波”だ! タオルで優しく扇げば――」
俺が説明するより早く、最上段にいた子供たちが、ふざけ半分に手ぬぐいをぶんぶん振り回し始めた。
「うわあああ! やめろぉ! 灼熱の熱風が直撃する!」
「ぎゃははは! 火を噴く竜の息みたいだ!」
もはやカオス。聖なるサウナは一瞬にして灼熱の戦場と化した。
その時だった。
「……むう。だが、悪くない」
低い、威厳のある声が響いた。
見ると、最上段の隅で、村長が一人腕を組み、滝のような汗を流しながら微動だにせず座っている。
「そ、村長!? ご無事ですか!?」
「ふん……この強烈な刺激が、わしの古傷だらけの関節を芯から溶かしていくようだ……! おお、なんということだ……立てる、立てるぞ!」
がばっと立ち上がった村長は、そのままよろめきながらも外へ飛び出し、完成したばかりの水風呂へ。
――ザッッッバーーーーン!!
「ひゃっこおおおおおおおいっ!! これぞ、生と死の境界線じゃあ!!」
その雄叫びにつられ、我先にと村人たちが水風呂へダイブしていく。
熱さと冷たさで完全に理性のタガが外れたのか、水をかけ合い、はしゃぎ回る姿は、どう見ても子供に戻った大人たちの集団だった。
そして、川から上がると、皆ふらふらと外気浴スペースへ向かい、インフィニティチェアにどさっと体を預ける。
あれほど騒がしかった広場に、やがて静寂が訪れた。
聞こえるのは、川のせせらぎと、虫の声、そして……。
「ふぅ……星が……すぐそこに……」
「体が……溶けて……空に浮かんでるみたいだ……」
あちこちから漏れる、幸せそのもののため息。
目を閉じた村人たちの顔は、これまで見たこともないほど安らかだった。
俺はほっと胸をなでおろした。
(最初は、どうなることかと思ったが……)
これなら、いける。いや、最高だ。
「……よし。次は、いよいよ正式オープンだな」
俺は夕焼けに染まる「ととのいの館」を見上げながら、そうつぶやいた。
村の新しい歴史が、今まさに始まろうとしていた。




