サウナー、異世界の村にサウナ施設を建てる⑫
水晶のように澄んだ、村自慢の水風呂が完成した。
そのほとりに立ち、アリーが目を輝かせながら言った。
「師匠! この水風呂の横に、前に作った“ととのい椅子”をたくさん並べましょう! きっと最高です!」
「ああ、それもいいな」
俺は頷きつつ、草地全体を見渡した。
「だが、この新しい聖地には、さらにその先の世界を見せる“舞台”が必要だ。ただ休むだけの場所じゃない。五感のすべてで、この世界の自然と一体になれる空間……そうだ、“ととのいガーデン”を創るぞ!」
「ととのい……ガーデン?」
俺の言葉に、集まっていた村人たちが顔を見合わせる。
俺は、みんなの顔に浮かぶ「?」を確信に変えるように、熱を込めて語り始めた。
「サウナで熱せられ、水風呂で引き締められた体は、最高に敏感になっている。その状態で、肌に心地よい風を感じ、目に優しい緑を映し、耳にせせらぎを聞き、鼻に花の香りを吸い込む……そうやって、五感のすべてを解放してやるんだ!」
その言葉に、最初に反応したのは薬師のセイルだった。
「……なるほど。理にかなっている。ならば、私が薬効のあるハーブを植えよう。風が吹くたびに心が安らぐ香りを調合できる」
「おう、だったら俺たちが日差しを和らげる木陰を作ってやるぜ!」
大工のゲルドがニヤリと笑う。
「川沿いに、つる植物を這わせるためのパーゴラ(木の棚)を建ててやろう。夏には涼しい木陰が、最高の癒やしになるはずだ」
「まあ!」パン屋の妻ミーナが、ぱん、と手を叩いた。
「そんな素敵な場所ができるなら、冷たいサドリや焼きたてのサウナパンを出せる、小さなカウンターも隣に欲しいわね!」
次から次へと、村人たちが自らのアイデアを語り始める。
それはもう、俺が教えるサウナじゃない。村人たち自身が、自分たちの手で最高の楽園を創ろうとしているのだ。その光景に、俺の胸は熱くなった。
「……みんな、ありがとう」
俺は声を張り上げた。
「最高のアイデアだ。絶対に全部実現させよう。そして、その最高のガーデンの“主役”となる、究極の椅子がある」
俺は、この空間を完成させるための最後のピースを語り始めた。
「魂を無重力へと解き放つ玉座――その名も“インフィニティチェア”だ!」
その日の午後、俺たちは村一番の腕を持つ家具職人、オルドの工房にいた。
俺の語る「無重力の椅子」の構想に、寡黙な職人は眉間に深い皺を刻んでいる。
「……つまり、ただ座るだけではなく、体重を預けると自然に体が浮き上がるような感覚になる椅子、ということか」
「その通り! まさに魂を解放するための――」
「分かった。理屈はもういい」
オルドは俺の熱弁を遮ると、静かに木材を撫でた。
「お前さんの言う“神の椅子”が作れるかどうかは分からん。だが、俺の持てる技の全てを尽くして、最高の“寝椅子”を作ってやる。それで文句はあるか?」
「……いや、最高の言葉だ。頼む、オルド」
オルドの工房に、ゲルドやドルガンといった村の職人たちも集まり、それぞれの知恵を出し合った。
リクライニングの仕組みは、俺が提案した「縄」のアイデアを元に、ゲルドが滑車を組み合わせた、よりスムーズで頑丈な機構を考案してくれた。
数日後。
川沿いの草地は、見違えるような姿に変わっていた。
ゲルドが建てたパーゴラには緑の葉が茂り、優しい木陰を落としている。
その下には、オルドが心血を注いで作り上げた木製のインフィニティチェアが、まるで王の帰りを待つ玉座のようにずらりと並んでいた。
周りにはセイルが選んだハーブが植えられ、川のせせらぎと共に、風が吹くたびに爽やかな香りを運んでくる。
隣には、ミーナが切り盛りする小さなカウンターまで設えられていた。
そこはもう、ただの空き地ではない。
五感のすべてを癒やすために創られた、完璧な「ととのいガーデン」だった。
「……すごい……」
アリーが、感嘆のため息を漏らす。
村人たちが、おそるおそるインフィニティチェアに体を預ける。
体重に合わせて背もたれが滑らかに倒れ、足がふわりと持ち上がる。
「うおっ……!」
「な、なんだこれ……体が、ないみたいだ……!」
「雲の上に……浮かんでる……」
あちこちから、驚きと感動の声が上がる。
サウナで火照り、水風呂で引き締まった体が、究極の椅子と、最高の環境によって、今まで誰も体験したことのない深いリラックスへと誘われていく。
やがて、あれほど騒がしかった広場から、少しずつ言葉数が減っていった。
代わりに聞こえてきたのは……。
「すぅ……」
「ぐぅ……」
あちこちから、穏やかで幸せそうな寝息。
バルタも、セイルも、ついには見守っていた村長までもが、インフィニティチェアの上で、安らかな寝顔を晒していた。
外気浴スペースは、一瞬にして極上の集団昼寝会場と化してしまったのだ。
「し、師匠! みんな寝ちゃいました!」
「……ああ。どうやら、俺たちの作った楽園は、少し気持ちよすぎたらしいな」
俺は、村人たちの幸せそうな寝顔を見渡し、苦笑するしかなかった。
だがその笑みは、これ以上ないほどの達成感と喜びに満ちていた。
誤って削除してしまったエピソードを全て投稿し終えました。
ここからは新作エピソードとなります。
毎日投稿していこうと思いますので、よろしくお願いします。




