サウナー、異世界の村にサウナ施設を建てる⑪
エメラルドの宝石。
それが、完成したばかりの水風呂スペースに対する、俺の第一印象だった。
大きな丸太で川の一部を優雅に区切り、底には職人たちが一つ一つ手作業で丸い石を敷き詰めた、天然のプール。
取水口から清らかな川の水が絶えずゆるやかに流れ込み、反対側の出口から静かに抜けていく。
まさに「かけ流し」の天然循環式水風呂だ。
「おおー……! ついに形になったな」
木陰から見下ろすと、太陽の光を反射した透明な水面がきらきらと輝いている。
流れがあるおかげで淀みもなく、驚くほど清潔だ。
水温を測ると、約十五度。初夏の今、火照った体を鎮めるには完璧な水温だった。
「これなら絶対に気持ちいいですよ、師匠!」
アリーが隣で目を輝かせる。
「ああ。だが、本番はあくまでサウナとのセットだ。試運転までは――」
俺がそう言いかけた、その時だった。
「ふははは! 見事なものではないか!」
やけに溌剌とした足取りで近づいてきたのは、村長だった。
すっかりご機嫌でテンションが高い。
「これほどの水風呂ができたのだ! 長であるわしが、最初に入らんでどうする!」
そう言うと、村長はあっという間に腰布をぺろんと脱ぎ捨てた。
「ちょ、村長! ダメです! いきなり心臓に悪いですよ!」
俺の制止の声も虚しく、村長は子供のような笑顔で豪快に水面へ飛び込んだ。
ばっしゃーーーーん!!
「ふぉおおおおおおおおおっ!?!?!?」
一拍の間を置いて、老人のものとは思えない絶叫が川沿いに響き渡る。
全身をつんざく冷たさに、村長は手足をばたつかせ、盛大にもがいた。
「そ、村長!? 大丈夫ですか!?」
「だ、だいじょ……ぶじゃ……ひぃぃぃっ、冷たすぎて体が言うことを聞かん!!!」
「まったく、無茶するから!」
近くにいた屈強な農夫のゴランが呆れ顔で水に飛び込み、がっしりと村長の腕を掴んで岸まで引き上げる。
びしょ濡れになった村長は石畳にごろりと転がり、子鹿のようにがたがた震えていた。
だが、その顔はなぜか、最高の笑みを浮かべていた。
「こ、これは……! なかなか……効くのぅ……!」
「いやいや! 順番が違うんです! まずサウナで体を芯まで温めてからじゃないと、ただの荒行ですよ!」
俺が説教を始めるより早く、別の歓声が上がる。
「わしも入るー!」
「俺も俺も!」
今度は村の子供たちが、きゃっきゃとはしゃぎながら次々と水風呂へ飛び込んだ。
「きゃー! つめたーい!!」
「気持ちいいー!」
水しぶきが派手に飛び散り、岸にいたアリーのスカートまでびしょ濡れにしてしまう。
「ちょっと! なにするんですか、私の服が!」
ぷんぷんと頬を膨らませていたアリーだったが、やはり気になるのか、そっと水に指先を浸してみる。
――ひやっ。
「ひゃあっ!」
その場で小さく飛び跳ねた。
「おいおい、大丈夫か」
「し、師匠……! これ、心臓が口から飛び出しそうになりますよ!」
アリーは真っ赤な顔で、濡れた手をぶんぶんと振っている。
その横で、セイルだけが腕を組み、冷静に分析の声を漏らした。
「ふむ……急激な温度変化による血管の収縮。だが、この強い刺激は自律神経に良い影響を与える。交感神経を強制的に活性化させ……」
「分析はあとにして、なんとかしてください!」
気づけば、水風呂は完全に子供たちの遊び場と化していた。
ゴランもが一緒になって水をかけ合い、なんと村長までもが「もう一度入るぞ!」と加わろうとしている。
「こらーっ! そこは遊び場じゃない! 神聖な水風呂だ! 正式なオープンは、サウナ施設が完成してからだと言ってるだろ!」
俺が声を張り上げると、水の中の村人たちは一瞬だけ動きを止め……次の瞬間、全員で俺に向かって叫んだ。
「でもめちゃくちゃ気持ちいいぞー!」
「冷たくて最高だ!」
「サウナー! 早くサウナのほうも完成させろー!」
……俺のサウナ道は、彼らの純粋な享楽の前では無力だった。
こうして、村の新しい水風呂は、正式オープンを待たずして村一番の人気スポットになってしまった。
俺は頭を抱えながらも、その光景を見て、自然と笑みがこぼれるのを止められなかった。
(俺の理想の作法とは、ちょっと違うが……)
みんなのあの笑顔。
きっと、これが完成した施設で、熱々のサウナと組み合わさった時。
この村には、とんでもない「ととのい」の波が押し寄せるに違いなかった。
その瞬間を想像するだけで、俺の胸は期待で張り裂けそうだった。




