サウナー、異世界の村にサウナ施設を建てる⑨
サウナの扉が完成し、外観はほぼ完璧なものとなった。
だが、中を一歩覗けば、まだがらんどうの空間が広がっているだけだ。
「サウナー、次はどうするんだ?」
村人たちの期待に満ちた視線が、俺に集まる。
俺は、まだ何もないサウナ室の中心を指差した。
「次は、この聖域の玉座を作る。――サウナベンチだ」
『次なる工事:サウナのベンチづくり!』
広場に張り紙を出すと、案の定、朝から村中が沸き立った。
アリーも金槌を手に駆けつけ、大工のゲルドたちがのこぎりを肩に担いでやってくる。
「師匠、ベンチって……ただ頑丈な椅子をたくさん並べるんじゃダメなんですか?」
アリーが不思議そうに小首をかしげる。
「甘いな、アリー」
俺は胸を張って答えた。
「サウナは“段”が命だ。三段のベンチを組んでこそ、サウナは真のサウナたり得る!」
「三段?」
村人たちが顔を見合わせる。俺は地面に棒で、階段状のベンチが設置されたサウナ室の図を描いた。
「熱い空気は必ず上に昇る。つまり、同じサウナ室でも上と下とでは全く温度が違うんだ。下段が心地よい70℃だとしたら、最上段は90℃を超える灼熱になる。三段あれば、熱さに慣れない初心者から、熱さを求める猛者まで、誰もが自分にとって最高の場所を見つけられるんだ」
「なるほど……!」
「つまり、村長は下段でのんびり、若い衆は中段、俺みてえなタフなやつは一番上で修行、って寸法か!」
パン屋のバルタが冗談めかして言うと、ドッと笑いが起きた。
俺はさらに熱弁を振るう。
「その通りだ。そして、フィンランド語で“löyly”――つまり蒸気は、一気に天井まで昇る。その最高の蒸気を全身で浴びられる特等席こそが、最上段なんだ」
「別世界の熱さ……か」
セイルが、腕を組んで面白そうに呟いた。
「ふむ……段によって温度と湿度が違うなら、薬草の揮発の仕方も変わるやもしれんな。実に興味深い」
どうやら新しい実験のアイデアが浮かんで、うずうずしている顔だ。
木材を切りそろえ、いよいよベンチ作りが始まった。
ゲルドが全体の構造を指揮し、村人たちが分厚い板を運び込む。
アリーは、父ドルガンに教わった技術を活かそうと、金槌で釘打ちに挑戦していた。
「えいっ!……あっ、また斜めになっちゃいました!」
「アリー、落ち着け。親父さんに教わっただろ。手首のスナップだ。力じゃない」
近くで作業していた大工の爺さんが、笑いながら助言する。
俺も汗だくになりながら板を運ぶ。特に最上段は、大柄な男たちが何人も乗るんだ。梁の組み方から板の厚みまで、一切の妥協は許されない。
「師匠、この三段目って、天井に近すぎませんか?」
アリーが組み上がっていくベンチを見上げて、不安そうに言った。
「それでいいんだ。天井に近いほど熱い。そのギリギリを攻めるのが好きな奴は、必ずいるからな」
「……なんだか修行僧みたいですね」
「そうだとも。サウナは時に、人生の修行の場となる!」
俺が大真面目に言うと、村人たちがまた笑った。どうやら俺のサウナ哲学は、まだ完全には伝わっていないらしい。
数時間の作業を経て、木の香りが満ちるサウナ室に、壮麗な三段ベンチがその姿を現した。
丁寧に磨き込まれた板はつややかで、人が座る部分の角は丸く削られている。
「おお……! まるで劇場の観覧席みてえだな!」
「いや、俺には処刑台に見えるが……」
村人たちが口々に感想を漏らす。
火を入れる前に、試しに皆で座ってみることになった。
「うおっ、眺めがいいな! 最上段からだと村中が見渡せそうだ!」
「中段は足がちょうどついて落ち着くな。ふむふむ」
「下段は……なんだか犬小屋にいるみてえで落ち着くのう」
村人たちはそれぞれの段で、子供のようにはしゃぎながら笑い合う。
アリーは最上段の真ん中に仁王立ちし、胸を張った。
「師匠! 風の導師として、この熱波の最前線は私が守ります!」
「ふっ……火を入れた後で、そのセリフがもう一度言えるかどうか、楽しみにしてるぜ」
俺はベンチの安全確認をして回る。板はしっかりと組まれ、体重をかけてもびくともしない。完璧な仕事だ。
アリーが得意げに腕を組んで言う。
「師匠、これでサウナの完成がまた大きく一歩進みましたね!」
「そうだな。だが本番はこれからだ。三段ベンチの真価は、熱と蒸気が満ちてこそ、初めて発揮される」
俺は完成したベンチの最上段に一人腰掛け、目を閉じた。
まだ火も入っていないのに、もう聞こえる気がした。
ストーブが燃える音、石に水がかかる音、そして、ここで“ととのっていく”村人たちの、幸せなため息が。
俺は目を開け、みんなの笑顔を見渡した。
「ここが、俺たちの“ととのいの聖地”になるんだ……!」
その呟きは、誰に言うでもなく、しかし確かな熱を帯びて、真新しい木の空間に溶けていった。
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