サウナー、異世界の村にサウナ施設を建てる⑧
サウナ施設がその威容を現すにつれ、村人たちの期待は日に日に高まっていた。
「サウナー! もう入れるのか!?」
「試運転としゃれこもうぜ!」
朝から集まった村人たちのせっつく声に、俺は苦笑しながら手を制した。
「待て待て、みんな。まだこの館で一番大事なものが足りてない」
「ええ? 石も煙突も、最高のストーブもあるのに、まだ何かあるんですか?」
アリーが不思議そうに小首をかしげる。
「ああ。この聖域の熱を守り、外界とを隔てる――“扉”がまだだ」
その言葉に、村人たちが一斉にぽかんとした顔をする。
「扉なんて、ただの分厚い板を打ち付けりゃいいだろう?」
大工のゲルドが、さも当然というように言った。
「それじゃダメなんだ」
俺は腕を組み、真剣な顔で首を振った。
「サウナは、熱気を完全に閉じ込める密閉空間であってこそ、その真価を発揮する。下手な扉をつけたら、隙間から冷気が入り込んで、熱は全部外に逃げてしまう。まるで真冬に障子一枚で暮らすようなもんだぞ」
「しょ、障子一枚……」
村人たちは想像してぶるりと震え上がった。
「だから俺たちが作るべきは――“二重扉”だ」
俺は地面に棒で簡単な図を描いた。
外扉を開けても、すぐ中に小さな空間――“前室”があり、さらに内扉がある構造だ。
「こうして二重にすることで、外の冷気が一気にサウナ室に入り込むのを防ぐ。人の出入りで温度が乱れにくくなるんだ。つまり……熱が絶対に逃げない!」
「なるほど、うちの工房の“土間”と同じ理屈か。一つ緩衝地帯を設けるわけだな」
鍛冶屋のドルガンが腕を組んでうなずく。
「そうそう。故郷のフィンランドでも“eteinen”って呼ばれる、サウナには欠かせない知恵なんだ」
「えて……?」
「まあ、サウナの専門用語だ。覚えなくていい」
方針が決まれば、作業は早い。
ゲルド率いる大工組が、分厚く、歪みの少ない木材を選び出し、扉作りにとりかかる。
蝶番は、ドルガンがこの扉のために特別に打ち出した、頑丈な逸品だ。
だが、最初の問題が発生した。
試作した重厚な扉を取り付け、ゲルドが中に入って閉めてみる。
ぎぃぃぃ……バタン!
「……おい、開けてくれ!」
中からゲルドの焦った声が聞こえる。
外から村人たちが押しても引いても、扉はびくともしない。
「おいおい、内側から閉じ込められたら蒸し焼きになっちまうぞ!」
「落ち着け、原因は分かってる」
俺は顎に手を当てた。
「扉の向きが逆なんだ。サウナの扉は、必ず“外開き”にしなくちゃならない。内開きだと、熱で木が膨張して枠にはまって開かなくなったり、万が一の時に避難できなくなる。安全性は最優先だ」
「な、なるほど……! 危ねえところだったぜ」
ゲルドたちが冷や汗をかきながら、すぐに扉を付け直した。
次の失敗は、アリーがやらかした。
「師匠! 扉なら、やっぱり素敵な取っ手が必要です!」
彼女はそう言って、ドルガンの工房で鍛えてきた、曲線が美しい鉄製の取っ手を取り付けた。
見た目は確かに素晴らしい。
だが、ストーブに火を入れて扉の密閉度をテストした、その時だった。
「熱っつぅぅぅぅ!」
完成を確かめようと取っ手に触れたアリーが、火傷した猫のように飛びのいた。
「どうした!?」
「と、取っ手が、焼けた鉄みたいに熱くなってて……! 手が、手が焼けますぅ!」
「そりゃそうだろ」俺は呆れながらも笑った。「鉄は熱をよく通すからな。サウナ室側の扉の取っ手は、“木製”が基本なんだよ」
その単純な事実に、村人たちはどっと大笑いした。
「さすがサウナーだ! そんな細かいことまで知ってるとは!」
「いや……自分の手で学ぶことになるとは思いませんでした……」
アリーは耳まで真っ赤にして、すぐに温かみのある木製の取っ手を削り始めた。
数日後。
幾多の失敗を乗り越え、ついに完璧な二重扉が完成した。
外扉は分厚い木でしっかりと断熱。前室を挟んで、内扉は少し小ぶりにして熱気を逃さない構造に。
もちろん、二つとも安全な外開きで、手に優しい木製の取っ手。
隙間という隙間には羊毛を丁寧に詰め込み、密閉度も完璧だ。
「よし……これでもう、俺たちの熱が逃げることはない」
村人たちが、完成した扉を前にして感嘆の声をあげる。
「サウナーさん、あんたの知恵は底が知れねえな」
「まあ、趣味で本を読み漁ってただけだけどな……」
アリーが、自分が作った木製の取っ手をそっと撫でながら、誇らしげに胸を張った。
「この扉を開けるのは、一番弟子の私の役目ですね! 師匠、私が皆を聖域へ迎え入れます!」
「いや、だから開け閉めは誰でもできるんだって……」
軽口を叩きながらも、俺は満足げに頷いた。
二重扉。それは地味で目立たないかもしれない。
だが、最高の“ととのい”を生み出す聖域の熱を、静かに、そして力強く守り続ける、大切な門番なのだ。
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