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サウナー、異世界の村にサウナ施設を建てる⑥

壁と屋根が完成し、巨大なサウナ施設はその外観を現した。

村人たちが交代で木材を運び、内装の作業が進められる中、誰もが分かっていた。


この建物の、そして村の未来の“心臓部”が、まだ空っぽであることを。

サウナの要は、何よりもストーブ。

熱を生み、石を熱し、聖なる蒸気を立ち上らせる炉がなければ、どれだけ立派な建物もただの大きな木小屋にすぎない。


その日の午後、アリーが額の汗を輝かせながら、俺の元へ駆けてきた。 


「師匠! お父さんと一緒に、サウナの炉を……心臓を、作らせてください!」

「……お前が?」


思わず聞き返すと、アリーはぐっと拳を握りしめた。その瞳には、強い決意の光が宿っている。


「はい! 私は師匠の一番弟子ですから! このサウナの心臓は、私が関わらなくちゃ絶対にダメなんです!」


背後から、地響きのような無骨な声がした

「ふん、こいつがそう言って聞かなくてな。だが、まだ一人じゃ炉作りなんざ夢のまた夢だ。俺が、鍛冶屋の親方として手を貸す」


アリーの父――ドルガンが、煤に黒く染まった顔で腕を組んで立っていた。

いつもは厳しく娘に接する男の目に、確かな職人の炎が宿っているのを見て、俺は笑みを返した。


「最高の職人が揃ったな。頼む。ただし、ただの薪ストーブじゃダメだ。俺たちの理想のサウナを作るための、特別な構造にする必要がある」


俺は地面に木炭で、頭の中にある設計図を描き出した。

――まず、厚い鉄の火室で薪を燃やす。だが熱を直接放射するんじゃない。その熱で、火室の上にぎっしりと積んだ丸いサウナストーンを、芯の芯までじっくりと“育てる”んだ。


「なるほどな。火で石を熱し、その石でサウナ全体を温める、と。面白い発想だ」


ドルガンが、職人の目で図面を吟味しながら顎を撫でる。 


「だが、これだけの石を乗せるなら、鉄枠は相当厚く頑丈にせんと、熱で確実に歪むぞ」


「扉も必要です! 薪をくべやすく、空気を取り込んで火力を調整できるように!」


アリーが、身を乗り出すようにして意見を出した。

俺は彼女の頭をポンと叩いた。


「そうだ、それが一番大事なことの一つだ。アリー、お前、よく分かってきたな」


アリーの頬が、炉の熱とは違う色でほんのりと赤くなる。

ドルガンは「へえ」と短く鼻を鳴らし、少しだけ口元を緩めた。

その日から、ドルガンの鍛冶場は本当の戦場と化した。

鉄を真っ赤に焼き、巨大な槌で打ち延ばす。ごうごうと火が唸り、火花が滝のように飛び散る。

その隣で、アリーも小さな体で必死に槌を握り、父と息の合ったリズムで鉄を打ち込んでいた。


「ほら、腕が甘いぞ! 力を抜かずに最後まで魂を込めて叩け!」

「は、はいっ!」


小さな体で、父の檄に応えようと必死に槌を振るうアリー。

額から滴る汗が、熱された鉄に落ちてジュッと音を立てて蒸発する。

腕は震え、息も上がっている。それでも食いしばって鉄と向き合うその姿に、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。 


やがて無骨な鉄板が、熱と汗と魂を吸い込んで、少しずつ形を成していく。

頑丈な枠となり、空気を取り込む格子となり、重厚な扉となっていった。


「よし、あとは組み上げだ」


ドルガンが汗を拭い、太い腕で鉄枠を固定する。


「最後の仕上げは、私がやります!」


アリーが前に出て、火傷しそうなほどの熱気をものともせず、鉄枠の中に一つ、また一つと丁寧にサウナストーンをはめ込んでいく。


――カン、カン、カン。


石が定位置に収まる澄んだ音が、工房に響き渡る。

まるで、空っぽだった心臓に、確かな鼓動が宿っていくかのようだった。


「おお……できたな」


完成したストーブは、黒々とした鉄の塊でありながら、不思議な温かみと生命感を放っていた。

鉄枠の中にぎっしりと詰め込まれた石は、まるで竜の鱗のよう。


薪をくべれば、炎がその石を優しく抱きしめるように、どこまでも熱を蓄えてくれるはずだ。

噂を聞きつけた村人たちが、工房の入口に集まってどよめく。


「すげえ……」

「なんという威容だ……」

「これぞ、神の祭壇じゃ!」


アリーは煤で真っ黒になった顔を誇らしげに上げ、胸を張った。


「師匠! どうですか! 私たちのサウナの心臓です!」


俺はゆっくりと頷き、彼女に手を差し伸べた。


「ああ。最高だ。これなら、間違いなく村の宝になる」


アリーは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間、ぱあっと太陽のように笑い、その小さな手を俺の手に力いっぱい重ねてきた。

その熱い手のひらから、彼女の喜びと達成感が、痛いほど伝わってくる。

横で見ていたドルガンも、無言のまま腕を組み直した。


だが、煤に汚れた顔に深い皺を刻んで、わずかにほころんでいる口元を、俺は見逃さなかった。

こうしてサウナの心臓――最高の薪ストーブは、一人の弟子と、その頑固な父の手によって鍛え上げられた。

炎と鉄と汗、そして親子の想いが一つに溶け合ったその炉は、きっとこれから永い間、この村を温め、人々を癒し、誇りとして語り継がれていくことになるだろう。

お読みいただきありがとうございました。

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