サウナー、異世界の村にサウナ施設を建てる⑤
組み上がった骨組みを前に、村人たちの熱気は最高潮に達していた。
夜が明けると同時に、誰もが広場に集まり、「次はどうするんだ!」「早く壁を立てようぜ!」と、今か今かと作業の開始を待ちわびている。
「よし、みんな聞いてくれ!」
大工の棟梁ゲルドが、組み上がった骨組みの一番太い柱をバンと叩いて、野太い声で言った。
「今日からはいよいよ壁作りだ! だがなサウナー、
一つ問題がある」
ゲルドの真剣な眼差しが俺に向けられる。
「この骨組みに、ただ板を内外から打ち付けただけじゃあ、せっかくの熱が全部逃げちまう。冬になればあっという間に冷えちまうぞ。どうするんだ?」
その言葉に、村人たちの熱気が少しだけ冷静になった。確かにその通りだ。
サウナの命は、いかに熱を閉じ込めるかにある。
「いい質問だ、ゲルド」
俺は頷き、みんなに説明を始めた。
「サウナの壁には、“断熱材”っていうものを詰める必要があるんだ。壁と壁の間に、空気の層を含んだものをぎっしり詰めて、熱が外に逃げないようにする。ちょうど、冬に厚い上着を着込むのと同じ理屈だ」
「だんねつざい……?」
「綿か何かを詰めるのか?」
村人たちが首をひねる。
俺が唸っていると、これまで黙って腕を組んでいたセイルが、静かに口を開いた。
「……北の森に、湿った岩肌にだけ生える苔がある。水分をよく弾き、虫も寄り付かん。それに、川辺に自生している“綿毛草”。あの綿毛は空気を含むとよく膨らむ。その二つを混ぜて、乾燥させたものを詰めれば、あるいは……」
「それだ!」
俺は思わずセイルの肩を掴んだ。
「苔が湿気を防いで、綿毛が空気の層を作る! 最高の天然断熱材になるぞ! さすがだな、セイル!」
「ふん……別に、薬草学の知識を応用しただけだ」
セイルはぷいと顔をそむけたが、その口元はどこか得意げだった。
方針が決まれば、村人たちの動きは早かった。
ゲルド率いる大工組が壁板を準備する傍ら、残りの村人たちは二手に分かれて森へと向かう。
子供たちは籠いっぱいの綿毛草を、男たちは分厚い苔をシート状に丁寧にはがしていく。
その日の午後には、広場は大量の苔と綿毛で埋め尽くされた。
それらを天日でよく乾かし、粘土を少しだけ混ぜて固まりやすくする。
村の女性たちが、まるでパン生地でもこねるかのように、楽しげに断熱材を作り上げていった。
そして、いよいよ壁作りが始まった。
外壁となる分厚い板を打ち付け、できた隙間に作りの断熱材をぎっしりと、隙間なく詰めていく。
数日後、ついに最後の壁板が打ち付けられた。
屋根こそまだないが、四方をぐるりと囲まれた空間は、外の喧騒を遮断し、静かで、どこか神聖な雰囲気を漂わせていた。
壁が完成した翌日。ゲルドが腕を組み、空を見上げて言った。
「さて、次は一番厄介な屋根だ。雨漏りせず、雪の重みにも耐え、しかも熱にも強い屋根を作るのは骨が折れるぞ」
村人たちがごくりと喉を鳴らす。
俺は口を開いた。
「屋根にも壁と同じように断熱材を入れたい。それと、一番重要なのが煙突を通す部分だ。火事にならないよう、特別な工夫が必要になる」
「屋根材はどうするんだ?」
ゲルドの問いに、アリーがぱっと顔を上げた。
「あの、薄い鉄の板を重ねていくのはどうでしょう? お父さんなら作れるかもしれません!」
「馬鹿言え!」
すかさず父のドルガンが怒鳴る。
「施設全体を覆うほどの鉄板だぞ! うちの鉄が全部なくなっちまうわ!」
親子漫才のようなやり取りに笑いが起きる中、今度は村長が静かに言った。
「この地方では古くから、特別な粘土を高温で焼いた“赤瓦”を屋根に使う。火にも水にも強く、何十年も村を守ってきた、先人の知恵じゃ」
「瓦か!」俺は膝を打った。「それなら熱にも強いし、頑丈だ!」
「粘土を焼く窯なら、俺のパン窯が使えるぜ!」
パン屋のバルタが、待ってましたとばかりに胸を叩いた。
こうして、次の作業も村の総力戦となった。
ゲルド率いる大工組が、壁の上に屋根の骨組みを見事な手際で組み上げていく。
その下では、村人たちが粘土をこねて瓦の形を作り、子供たちも粘土遊びのようにはしゃぎながら手伝う。
成形された瓦は、バルタのパン窯で一昼夜かけてじっくりと焼き上げられた。
こんがりと赤く焼き上がった瓦を、村人たちが手渡しでリレーしながら屋根の上まで運んでいく。
ゲルドたちが一枚一枚、丁寧に瓦を葺き、重なり合う部分には漆喰を塗って隙間を埋めていく。
煙突が通る部分は、ドルガンとアリーが作った燃えにくい金属の枠で、厳重に防火処理が施された。
そして――。
ついに最後の一枚がはめ込まれ、太陽の光を浴びて赤く輝く、立派な瓦屋根が完成した。
「「「おおおおおぉぉぉ……!」」」
下から見上げていた村人たちから、地鳴りのような歓声が上がった。
ただの骨組みだったものが、壁に囲まれ、屋根が乗り、雨風をしのげる完璧な「建物」になったのだ。
俺はその光景に、胸が熱くなるのを感じていた。
「……すごいな。本当に、家ができたんだ」
「師匠、見てください!」
アリーが誇らしげに建物を指差す。
「私たちの、みんなの館です!」
壁と屋根ができたことで、建物は確かな存在感を放ち始めた。
それはもう、ただの作業場ではない。この村に新しく生まれた、みんなの居場所そのものだった。
俺は、この“家”の中心に、最高の心臓を設置する決意を新たにした。
「よし、みんな! 次は、この館に魂を吹き込むぞ!」
俺は、鍛冶工房の方を向いて叫んだ。
「サウナの心臓――最高の薪ストーブを作るんだ!」
その言葉に、アリーとドルガンの目が、鍛冶屋の炎のようにギラリと輝いたのだった。
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