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サウナー、異世界に行く

むせ返るような土の匂いと、家畜の鳴き声で意識が浮上した。

気がつくと、俺は知らない村の真ん中に立っていた。

石造りの家。木の柵。畑仕事にいそしむ、素朴な身なりの人々。その光景は、まるで中世ヨーロッパの映画セットに迷い込んだかのようだ。


「……え、マジか? いわゆる異世界転移ってやつか?」


普通、こういうお約束の展開なら、手には伝説の聖剣が握られていたり、脳内に「ステータスオープン」という謎の声が響いたりするもんじゃないのか?


慌てて周囲を見渡すと――村の外れに、何やらこんもりと積まれた資材の山があった。


「……サウナ建築資材?」


鼻をくすぐる真新しい針葉樹の香り。鎮座する薪ストーブと、ゴロゴロとしたサウナストーンが詰め込まれた麻袋。木桶おけ柄杓ひしゃく、丁寧に面取りされたベンチ用の板まで……。


どう見ても“本格的なフィンランド式サウナしか作れないセット”である。


「いやいやいや、俺これでどうやって魔王倒すんだよ!? 熱波ねっぱでも送って蒸し殺せと!?」


俺の絶望をよそに、遠巻きに見ていた村人たちがざわめき始める。


「見ろ、あの異邦人が現れた途端、天から光とともにあれが……!」

「おお、神の御業みわざに違いない! 我らを救うための贈り物だ!」

「サウナだって!」


俺の魂のツコミは、誰の耳にも届かなかった。

というわけで、俺は資材を前に腕を組む。

日本で普通のサラリーマンだった俺だが、唯一の趣味は週末のサウナ巡り。DIYもそこそこ得意で、サウナ好きが高じて自作キットを調べたことまである。


「……やるしか、ないか」

斧を振るい、木を組み、釘を打つ。慣れない作業に汗だくになりながら、一心不乱に小屋を組み立てていく。

村人たちは、なおも遠巻きに見守っている。


「一体、何をしておるのだ……?」

「異教の神を祀るための、謎の儀式小屋か……?」

「だからサウナだって言ってるだろ!」


数日後。

村の片隅に、こぢんまりとした木の小屋が完成した。

扉を開ければ、香りの良い木材で作られた二段ベンチと、黒々とした石を山と乗せたストーブ。外には井戸水をなみなみと張った大樽と、休憩用の即席ベンチも備え付けた。


「できたぁぁぁぁぁ……!」


思わず声が漏れた。涙が出そうだ。

連日の残業地獄にすり減り、唯一の癒やしだったサウナすら行けなかった俺が、まさか異世界で自分だけの理想のサウナを建てるなんて。


「さあ! 誰か一緒に入ろうぜ!」


しかし村人たちは顔を見合わせ、後ずさるばかり。

やっぱり怪しい宗教施設にしか見えていないらしい……。

と、そのとき。

腰の曲がった一人の老女が、杖をつきながらおずおずと前に出た。


「どうせ先は長くない身じゃ。騙されたと思って、入ってやろうかの」


ナイス、チャレンジ精神! ばあちゃん!

ストーブに火を入れると、石がじりじりと熱を帯びていく。


「おお……なんだか、部屋がじんわり暑くなってきおったわい……!」

「ほら、服を脱いでこの布を巻いて座って!」

「な、なんと!? 神聖な儀式に裸とは、はしたない!」

「違う! 健康法だって!」


俺は柄杓で水をすくい、チンチンに熱したサウナストーンにかけた。


ジュワァァァァァ――ッ!!


熱い蒸気が一気に広がり、室内の体感温度が跳ね上がる。


「ひぃぃぃっ!? こ、これは火あぶりかの!?」

「違う! これがロウリュ! 熱いけど、気持ちいいだろ!」


老女は歯を食いしばって耐えていたが、やがて限界が来た。

バンッ!と勢いよく扉を開け、湯気をまとって外へ転がり出す。

そして、ためらうことなく大樽へ――ドボン!


「ひゃあああああっ! つ、冷たい……! ……でも……

ブルブルと震えながら呼吸を整える老女。

次の瞬間、その顔にふっと血の気が差し、皺くちゃの瞳がカッと輝きを取り戻した。


「……あら。わし、なんだか生き返ったような心地がするわい」 


その表情は、まさしくサウナトランスの境地。

……ばあちゃん、完全に“ととのって”やがる。

その劇的な変化を見て、村人たちがどよめいた。


「ば、ばあちゃんが……笑ってる!?」

「何年も腰の病で寝込んでおったのに……!」

「奇跡だ! 神の御業だ!」

「いや、だからサウナだって!」


それからは早かった。次々に挑戦者が現れる。

最初は「熱い!」「死ぬ!」と阿鼻叫喚だった村人たちが、水風呂を浴びて外のベンチで風を受けると――。


「おおっ……なんだこれは! 体が羽のように軽い!」

「わし、もう一度畑を耕せそうな気がしてきたわい!」

「これなら魔物退治にだって行ける気がするぞ!」

「いや行くな、それは絶対に無理だ」


だが確かに、村人たちの顔には、久しく失われていたであろう活力がみなぎっていた。

俺は確信した。


俺にはチート武器も最強魔法もない。だが、これがある。人を芯から温め、汗とともに疲れや悩みを流し去り、生きる活力を与える最高の空間が。


「この異世界を救うのは、剣でも魔法でもない。――サウナだ!」


サウナーとしての俺の魂が、ロウリュの蒸気よりも熱く燃え上がる。


「見てろよ……俺はこの世界に、サウナ文化を広めてやる!」


こうして、しがない社畜だった俺の異世界サウナライフは、静かに幕を開けたのだった。

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