サウナー、薪ストーブの煙で魚を燻す
ある日の昼下がり、村の漁師が大きな籠を抱えてサウナ小屋へやって来た。
籠の中には、川で獲れたばかりの、鱗をきらきらと輝かせる銀色の魚がぎっしりと詰まっている。
「おう、サウナー! ちょっと頼みがあるんだがな」
「断る。魚の持ち込みは禁止だ。ここはサウナであって食堂じゃない」
俺が先回りして釘を刺すと、漁師は「まあそう言うなよ」と人の好い顔で笑った。
「いやいや、中で焼けなんて無粋なことは言わんさ。ただよ、あんたのサウナは精霊様も認めた聖なる場所だろ? あの聖なる火で燻した魚は、きっと神様みてえな味がするに違いねえって、みんなで話してたんだよ」
(まただ……また俺のサウナが変な方向に神聖化されてる……)
俺が頭を抱えていると、横からアリーが目を輝かせて身を乗り出した。
「師匠、それすごく面白いです! サウナの中じゃなくて、外の煙突から出る煙を使えば、最高の燻製ができるんじゃないでしょうか!?」
「お前まで乗るな! サウナは体を清める場所であって、調理場じゃないんだぞ!」
だが、好奇心に火がついたアリーはもう聞いていなかった。
彼女は漁師と一緒にサウナ小屋の裏手へ回り、煙突の構造をまじまじと確認している。
「ここです! この排気のところに箱を設置して、その中に魚を吊るせば、熱と煙で完璧に燻せます!」
「なるほどなあ! そりゃあ最高のものができそうだ!」
漁師の目が少年のように輝いている。
俺は深いため息をついた。
(……まあ、村のみんながそれで喜ぶなら……)
「わかった、わかったよ。ただし、中だけは絶対に汚すな。実験はすべて外でやれ」
「「やったー!」」
アリーと漁師はハイタッチを交わすと、すぐさま作業に取り掛かった。アリーが工房から持ってきた金網と針金で簡易的な燻製箱を作り、漁師が手際よく下処理した魚を吊るしていく。見事な即席燻製装置の完成だ。
サウナの排気口から流れる、薪の香りをたっぷり含んだ煙が箱の中を通り、じわじわと魚を燻していく。
しばらくして、たまらなく香ばしい匂いが辺り一面に漂い始めた。
「おお……なんじゃ、この良い匂いは!」
村人たちが鼻をひくひくさせて、一人、また一人と集まってくる。
箱を開けると、ふわりと凝縮された燻香が溢れ出した。吊るされていた銀色の魚は、薪の煙でじっくりと熱され、食欲をそそる美しい飴色に変わっている。
漁師が試しに熱々の身を一口かじると、驚きに目を見開いた。
「……う、旨えぇぇぇ! なんだこりゃ! ただの煙じゃない、薪の豊かな香りが身の芯まで染み込んでる! それでいて、身はパサパサせずにふっくらしっとりだ!」
その声に、周りの村人たちも次々と燻製魚に手を伸ばし、あちこちで歓声があがる。
「本当だ! これは村一番の逸品だぞ!」
「新しいサウナ飯の誕生だ!」
「これぞまさに精霊様の煙で燻した、祝福の味じゃ!」
アリーが誇らしげに胸を張って俺に言った。
「師匠、やっぱりサウナの可能性は無限大ですね!」
「いや……どう考えてもサウナじゃなくて煙突の手柄だろ、これ……」
俺の冷静なツッコミは、村人たちの熱狂的な笑顔の波にかき消された。漁師が「サウナーも一口!」と一番美味そうな部分を差し出してくる。俺は仕方なくそれを口に運び、そして――固まった。
(……ちくしょう、めちゃくちゃ美味いじゃないか)
こうして、俺の意思とは少し違う方向で、村には新たな名物「サウナ燻製魚」が誕生してしまったのである。
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